MistiRoom

旅することと、語ること。自由であること。

「息根とめる」という黒い太陽について語ろう

Ahoy, Mistirです。

閃光のようにインターネット世界に現れた「バーチャルYouTuber」、すなわち「VTuber」という存在は、よくも悪くもその光を安定して放つようになった。

良く言えばアイドル化、タレント化。
悪く言えば……ニコ生への回帰だ。

かつてVTuberが現れた頃、僕は心を踊らせた。
革命の気配を感じる青年そのものだった。

「ここから何が、どうなっていくんだ!?」

そんな期待に心を踊らせた。

あるVTuberの異常なハイテンションには元気づけられ…… 

www.youtube.com

mistclast.hatenablog.com

あるVTuberの生々しいあいりん地区ルポには大いに衝撃を受け、「聖地巡礼」までしたものだった。


www.youtube.com


そして現在。2021年。
VTuberは当時と比べてつまらない、などと言う気は全くない。
未だにVTuberは輝いている。
ホロライブもにじさんじも好きだし、先述した輝夜月は休止状態だけど、日雇礼子さんは細々と活動を続けてくれている。
フレン好きアンジュ好き

けれど「これからインターネットはどうなっていくんだ!?」というような、革命を目の当たりにしたような、そんな興奮を抱かなくなったことは……否定できない。

だが。
そんな僕の目の前に、現れた。
あの頃の革命の高揚を、かつての輝きを思い出させる……
凄まじいエネルギーの存在。

その存在は。
黒く、輝いていた。

その輝きは僕にとって、あまりに眩しく、そして暗かった。
彼女は僕の……
黒い太陽となった。

VTuber 「息根とめる」

多くの人に衝撃を与えたのはこの動画だろう。
VTuberの伝説はいつも切り抜きから始まる。
それは黎明期からずっと変わっていない。


www.youtube.com

ありったけの夢をかき集めることもできない、探しものもない、世はまさに大コンプラ時代、2021年。
そんなコンプラ遵守大原則の時代に、「アウトなのか!?セーフなのか!?」のギリギリラインをまさに攻めている。
しかも、……おそらくこれは「ガチ」なんだろうな、と思わせる「リアリティ」。

……本物、だ。
本物が、出た。

否、厳密に言えば「本物」かどうかなんて、どうでもいい。
だって "Virtual" なんだから。

そもそもVTuberに対して「本当にそうなの?」なんて訊くほど無粋なことはない。美少女錬金術師は美少女錬金術師だし、女騎士は女騎士だし、海賊船船長は海賊船船長なのだ。

……強い。

故に、「家賃滞納系VTuber」は「家賃滞納系『VTuber』」以上でも以下でもないのだ。……本人がそこまで絶対考えてなさそう、というのも強い。

ただ。
僕に衝撃を与えたのは、黎明期を想像させるような強烈な個性だけじゃない。

……正直に言おう。
僕は心底、彼女こそが「ある人々」を導く黒い光……黒い太陽なのではないかと思っているのだ。

ある人々、とは?

ーー自分を認められない人々だ。

黒い太陽

仕事が上手く行こうがどうなろうが、自分を芯の部分で認められない。
自分を理屈で肯定したい、でもいくら理屈を並べても不安が拭えない、そもそもそんな理屈に頼ろうとしている自分が嫌いだ。
嫌いで済めばいい、下手すると「許せない」。

そんな人間は……端的に言おう。
まず、上を見て生きられないのだ。
上を見てもそれはモチベーションにはならない。
黒々とした気持ちを生み出すだけだ。

だが、誤解しないでほしい。
とめる氏を「見下して安心する」という単純な話ではない。
もっともっと下劣な人間は山程いるし、それを見たところで腹立たしく思うことこそあれ、安心などしない。

彼女は、魅力的なのだ。純粋に。

www.youtube.com

堂々とするしかないじゃんwww
(中略)謙虚になれるやつはこんなことしねーからwww

(32:35-)

常人には耐えられないような状況下で、それでも卑下しない、自己肯定の権化。
そして哲学性すら感じさせるような、明後日の方向に磨き抜かれた思想、思考。

弱いところを見せるとさらに攻撃されるんよwww

(35:05-)

そんな黒い輝きを見ていると、圧倒されながら……こう、思えるのだ。

「俺は、生きていて良いんだ。それなりには正しく生きてるんだ、俺は」と。
「俺は俺を許して良いんだ」と。
そして同時に、「人の強さ」を信じることができるようになる。

彼女を太陽と呼ばず何と言おうか。
彼女は可愛い、そしてだんだん……潔く、カッコよく見えてくるのだ。

そして純粋に、自分にはたどり着けないところに在る彼女に対し、畏敬の念を覚え始める。
まるで僕は太陽に憧れるイカロスだ。
太陽は天上ではなく、地下にある。それでも太陽は、熱く鈍く、輝いている。

近づきすぎると翼が溶けることを忘れないようにしよう……

要約

推せるッ!!!!!!!!

余談

「え?君は家賃滞納して大家さんガン無視してる人とか肯定するの?」って言われたらこう返そう。
「海賊船船長推してるファンは略奪行為肯定してることになるの?」と。

お読みいただきありがとうございました。
ではまた。

 

大人になるってこと

大人に憧れてるうちは子供なのか。
大人に憧れた瞬間、実は大人になってるのか。

大人のコンテンツを好きになった自分に気づいたとき、大人になってるのか。
大人のコンテンツを好きになった自分に気づいたとき、それはまだ子供の証拠なのか。


大人のコンテンツを好きになったことが子供を脱した証明で、それは大人になったことと同義なのか。
大人のコンテンツを好きになりながら、まだまだ自分はガキだと自嘲しているとき、それは大人の特権を享受しているのと同義なのか。
あるいは、大人なんてものはどこにもいないのか。
俺はガキだ、とそう思うことが大人の条件なのか。

まだ俺はガキだよ、と思うとき、それはもう十分老けちまってる証拠なのか。
そう思うがゆえに、俺はもう老いているのか。

自分が歳をとったことに絶望すること、まだガキであることに絶望することは矛盾しないのか。
結局俺は今、なんなんだ。どこにいるんだ。

そうやって悩みながら、今、28歳、色々あって、色々ありながら、生きてます。

と。
イエモンの『聖なる海とサンシャイン』を聞きながら考えてました。


www.youtube.com


何かをエラソーに語るためには、もう少しだけ時間がかかりそうです。
でも、語りたい気持ちは消えちゃいません。

またどこかでお会いしましょう。
ではまた。

 

真に受けるな!向き合うな!

こんにちは、Mistirです。

お察しの通り、かなり長い間ブログを書くモチベーションが消えていた。
書いてもあまり読まれなくなったから……というのはあるっちゃあるのだけれど、そもそもTwitterでの更新報告もやめちゃったし、もっと言えば書かなくなったから読まれなくなったわけで、これは卵が先か鶏が先かみたいな話だ。

実際のところ、仕事が忙しなかったというのが大きな理由の一つだ。
「忙しい」という表現はあまりしないようにしているが、とにかく「忙しなかった」。
どう違うのか、というとこれは僕の定義なのだが、「忙しい」と言うとどうも物理的に時間が取れないイメージになる。
「忙しない」というのは、なんというか、「ありとあらゆる種類の雑多な出来事が舞い込んできて、思考のリソースを割けない」というようなイメージだ。
ブログを書いていなかった理由は、まさに後者だ。
昔からこのブログを読んでくれていた人は、僕がフリーランスのエンジニアであることを知っている人もいるかもしれないのだけれど、最近ベンチャー企業に就職してしまい、しかもそれなりの立場になってしまったのであった。

それで、しばらく真っ当に仕事を頑張ってきたけれど……
ふと気付いた。

あまり人生やら仕事やら、あるいはブログであるような趣味でさえ……
「真に受け」ちゃダメだな、と。
「向き合う」のは、ダメだな、と。

奇をてらったことを言いたいわけじゃない。
今の世の中、もし「この世の全ての情報と真剣に向き合った」場合、どんな存在が「真っ当な大人」の基準なのか?と考えると自ずと分かる。

多分……
「日々日経新聞から情報を収集し、今後のグローバル社会のために英語など使えて当然、もちろん恋愛も経験しており、プログラミングスキルも習得済み。老後のために2000万円くらい貯金する目処があり、余暇の時間はスキルアップに費やし、コミュニケーション能力も高く、筋骨隆々体脂肪率は12%、でもオンラインサロンとかには入ってないしその代わり日本の歴史問題は熟知している(ただし思想的に偏っているのはダメ)、経済はマルクスからピケティまで完璧。その上で絵が描けたり音楽が作れたりクリエイティブ活動もできてて、承認欲求は自分で満たせて、副収入も日々得ている」みたいな……
「この世のどこにも存在していない化け物」だけが「基準」になっちまうんじゃないか。

有名なニート(今は何してんだろ?)のphaさんも、もうずっと前から言ってたことだけどさ。

しないことリスト

しないことリスト

  • 作者:pha
  • 発売日: 2016/03/04
  • メディア: Kindle版
 

「普通」とか、「こうあるべき」みたいな基準がとんでもねえことになってる。
 
話は変わるけど、少し前、バイクに乗り出したばかりの頃。
その頃、普通の企業の普通の社員だった僕は、閉塞感に耐えかねて色々なところを走っていた。

バイクで走る理由の一つは、「こんなところにも人生がある」ということを認識することだった。東京に住んでいると、ここだけが唯一の人生だと錯覚してしまう。
それが錯覚だときっちり認識するために、バイクに乗っていた。
実際は、「こんなところにも家があるのか!」っていうくらいの山奥にも家はあるし、驚くような場所に人の生活がある。

けれど、気付くとバイクで遠くに行くことも惰性になり、それを忘れてしまっていた。
……否、フリーランスで生きていた頃はそれを別に思い出さなくても良いほどに僕は閉塞感や周囲の押し付ける義務感から逃れられていたのだ。
一方で、また最近「僕が僕に求める基準がとんでもねえことになってるな」と、明確に自認する必要を感じ始めている。
それは周りから求められているのか、それとも自分が自分に求めているだけなのか、どちらかはよく分からないけど。

でも本当に大事なこと以外のあらゆる情報に対し、「右から左へ受け流す」くらいの「強い意志」が必要なのは間違いない気がしている。
「強い意志」っていう強い表現を使ったのは、今の世の中、「情報を集めること」よりも「情報を避けること」の方が圧倒的に難しいからだ。それには強い意志が必要だ。
受け入れることよりも、受け流すことの方が難しい。

さて、「受け流す」とはどういうことか。

例えば、僕が長野の山奥に移住して農業を始めた人間だったとする。
農業人口は減っている。若年層で農業を始めるという行為だけで尊い。そのはずだ。少なくとも僕はそう信じる。
そんな僕に、「これからは英語が必要」とか、「プログラミングスキルが重要」だとか、そういうことを言ってくるやつがいたら、「うるせーバカ」で終わりだ。
「受け流す」っていうのはそういうことだ。

「必要な情報」っていうのは、立ち位置や目標から逆算されるものだ。
「誰にとっても必要な情報」なんてものはこの世にそうそう存在していない。
仮に存在していたら、それはどこかで大体の人は身につけているはずだ。例えば「歯が傷むなら歯医者に行くべきだ」とか。
症状でググってはいけない。

finders.me

けれど、腐るほど毎日湧き上がっている情報に身を委ねすぎると、「誰にとっても必要な情報」が腐るほどあるように感じてしまう。

結論、それは嘘なのである。
いや、本当かもしれないけど、多分だいたいの人にとっては嘘なのである。

誰しもが小学生の頃とか中学生の頃に「こいつ、今後生きていけるのか?」みたいな奴に出会ったと思う。だけどそういうやつほど地元で結婚して適当に真っ当な人生を送っていたりする。
そいつらに英語教材を送りつけてあげる必要は、誰にもないのだ。

情報だけじゃない。
出会う人、出会う物事、出会う仕事、出会う世界。それら全てに真正面から向き合いすぎると、どん詰まりだぜ。最近そう思うのだ。

今日は考えていることを適当に書いただけだ。誰かのためじゃない。
この記事自体、自己矛盾だ。だから読んだらその後、捨ててほしい。


NakamuraEmi「大人の言うことを聞け」Music Video


お読みいただきありがとうございました。
ではまた。

 

ClariS 10周年記念ベストアルバムを語れない

こんにちは、Misitrです。

音楽を聴くとき、どうも自分はメタに考えすぎる傾向がある。自分の出自が文学部ということも理由なのだが、なんというか、一種のクセのようなものだ。

アルバムのどこにどんな曲が配置されているか?
そのアルバム自体どういった意味を持っているか?
最後の曲は何を語るのか?

僕の知る限り、ClariSはそんなメタ戦略が異様に上手いアーティストだった。
そして。

 

www.clarismusic.jp



この2分割10周年記念ベストアルバムで、それは極致に達した。

こんなもん語れるか

何かこのアルバムについて語りたいのだけれど、とても難しい。
あまりにも難しい。
なぜ難しいのか、今回はそれ自体について語りたい。

ClariSというアーティストはSeason 01とSeason 02に分かれていて、Season 01はクララとアリスで2014年まで、Season 02はクララとカレンで2014年以降現在まで活動している。

今回のベストアルバムは2分割になっているが、「Season 01をPinkに」「Season 02をGreenに」という配分ではない。

例えばPinkには3曲目にSeason 02の名曲である『Gravity』を配置していて、この時点でファンとしては「あ、Season 01と02で分けてるわけじゃないんだな」と勘付くわけだ。

PinkとGreenは現メンバーのクララとカレンそれぞれのイメージカラーだ。つまりそれぞれのイメージに近い曲を配分した……
そう解釈するのが妥当に思える。

そう思える……のだけれど、どうも単純にそういうわけではなさそうだ。

というのも、Season 01からずっとメンバーであり続けているクララのイメージカラーのPink側。
こちらにはSeason 01のセルフカバー (というよりメンバーチェンジ後の再録) バージョン、それもこれまでにシングル等に収録されなかったものが、なんと4曲も収録されている。
つまりこれらは実質的に新曲だ。

少し考えてみてほしい。
なぜ、PinkとGreenにこれらの新曲を均等に分配しなかったのか?

その答えはエンディング曲にある。
Pinkのエンディング曲『仮面ジュブナイル』と、Greenのエンディング曲『PRECIOUS』だ。

実際のところ、このベストアルバムについて語るということは……
この2曲について語るということだ。

だが。
……僕には、語れない。


あまりにも重い

僕はClariSについては、これまでに相当語っている。

mistclast.hatenablog.com

 一方で、間違いなく言えるのだが……
僕はClariSオタクとは言えない。

ライブには行ったことがなく、グッズの収集等もしていない。
ただ一人の音楽好きとして、好きだ、と。
そう言える程度なのだ。
(むしろ深入りするのが恐ろしく、距離を置いてすらいる)

これは僕がこれまで聞いてきたアルバムの中で最も恐ろしいメタ戦略を張っていた『SUMMER TRACKS -夏のうた-』および、その恐ろしすぎるエンディング曲『Summer Delay』についても同じように言える。

mistclast.hatenablog.com
『ClariS』というアーティストを贔屓目に見て「このアルバムすげえ!」って言っているわけではない。「このアルバムすげえ!」と、純粋にただ、そう言っているだけなのだ。

もちろんそれを繰り出したClariSというアーティストは凄いわけだけれど。

だが。
『仮面ジュブナイル』『PRECIOUS』について語るためには……多分、それでは足りない。
いや、もちろん語る権利はあるのだ。誰にでもある。僕にもある。

まわりくどくなってしまった。
端的に言おう。

『PRECIOUS』聞いた人ら。
これ、10年近くClariS追いかけてきた人ら、声出して泣いたんじゃねえかな……
いやぁ……だって俺ですら泣いたんだもん……。

冗談抜きにこれ、キリストの復活を目の前にした信者みたいになったと思う。

多分僕がその「凄さ」みたいなのをいくら語っても、「足りねえよ!!!!!」って我右の頬を殴られちゃうと思うんだよ。それなら左の頬を差し出すけどさ。

news.yahoo.co.jp

「-Green Star-」に収録される新曲「PRECIOUS」の歌詞の一説である「特別な今日は みんなと 素顔のままで 逢いたい」というフレーズのように、10周年記念日に配信した特別なライブで仮面を外し、新たなステージへ進むClariSの強い意志が表れていた。 

この記事にあるように、ClariSがこれまでにどのような歩みを進めてきて、どれだけ最高のタイミングで、この曲と素顔をファンに見せてくれたのか、っていうのは、語ろうと思えばいくらでも語れる。

でもいらないだろう、もう。
多分、『PRECIOUS』はあまりにも多くのファンを尊死させたはずだ。我も死ぬ。

『PRECIOUS』は、Season 02の第一期エンディング曲であり、第二期オープニングテーマであり、そして……
ファンの心に刻まれる、ClariSの最高傑作のひとつになる。そう確信した。

多分今後エレファントカシマシにおける『桜の花、舞い上がる道を』とか、サカナクションの『目が明く藍色』とか、そのあたりの位置に収まる曲になる。
……分かりにくい?

要は、タイアップ曲だけ知っている人は知らない可能性もあるけれど、アルバムまで聴き込んでる人が「最高傑作は?」って聞かれたら選びがち、みたいな。

じゃあ『仮面ジュブナイル』は?

一方の「仮面ジュブナイル」はなんなのだろう?と考えると……
実はこの曲はこの曲で「エンディングにしてオープニング曲」なのだと思う。

「Season 01のエンディング曲」ではない。
それは『Orange』だ。

Orange

Orange

  • ClariS
  • アニメ
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 
じゃあ何のエンディング曲にしてオープニング曲なのか、というと……

これは僕の考えなのだけれど、「これまでのミステリアスで、正体の掴めない、だけどKAWAIIアーティストであるClariS」としてのエンディング曲で、そして再オープニング曲なのだと思う。

「ClariSのことをよく知っている」。
そんなことを言えるファンが、どれほどいるだろうか?

ClariSというアーティストは、本当によくわからない。
『コネクト』のイメージで聴くと『ひらひら ひらら』でまず右の頬を殴られ、『シニカルサスペンス』で左の頬を殴られ、そして『ヒトリゴト』で慰められることだろう。

正体不明だからこそ、なんでもできる。
全貌が掴めない。
アニソンアーティスト?レトロフィーチャーなアイドル?
そんな、よくわからない存在。

……だが、素顔を露出するようになったというのもあり、だんだん「ミステリアス性」みたいなものは特徴として弱くなってきているのかな、と感じる人も多かったと思う。

素顔を見せてくれるのは嬉しいけれど、なんと言うべきか、正体不明の存在でいてくれてもいい。
そういった厄介なファンもいるわけだ。
この記事の筆者である。

……だが、仮面ジュブナイルを聞けばもう心配も何もない。
ClariSは「仮面をつけたアーティスト」として今後も新しい景色を見せてくれるのだろう。

……で、だ。

結局『Pink』と『Green』ってなんなんだろうね?

まずはPinkから聴いた、というファンはとても多いはずだ。
さっき語ったように、実質新曲がとても多いこと、それから「真の完全新曲」である『PRECIOUS』よりも『仮面ジュブナイル』の方が時系列上発表が先行する曲だからだ。それに、ClariSファンは1曲目が『irony』ってだけで、条件反射的に「こっちから聴くべきだ」と判断するのだ。
そして先程も言ったように3曲目に『Gravity』があることで「ん??」となる。

それはそうと、Pinkのエンディング曲である『仮面ジュブナイル』を聞けば、まずファンは安心する。
「この人ら、絶対に解散する気ないな!!!!」と。
余談だがアニソンアーティストファンは全員「アーティストが急に活動しなくなる」ことを何よりも恐れているのだ。それはClariSのような大御所でも変わらない。

一方で、正直に言おう。

『仮面ジュブナイル』は、ClariSの二人の世界観が前面に出されすぎていて、「分かっているファンのためにリソース全振り」のような曲だ。
どう聞いても一種の「ファンサービス」ソングなのだ。

多少のむず痒さがあった。これが10周年記念ベストアルバムのエンディング曲であることに。

だが。

やられた。

完全にやられた。
もう完璧に殺された。
『PRECIOUS』に。

そして理解した。
『Pink』は、Season 01、02を問わず、「これまでのClariS」に思いを馳せるためのアルバムだ。
そして、『Green』は……「これまでのClariS」を全て知った上で、「これまでのClariS」が決して終わらないことを理解した上で……
「その続き」を歩むための、一歩目のアルバムだ。

「Season 02でのカバー4曲」『仮面ジュブナイル』『PRECIOUS』はたったの合計6曲だけれど、もうこの6曲がこのベストアルバムを、ベストアルバム以上のものにしてしまっている。

話を戻すと、『仮面ジュブナイル』同様、『PRECIOUS』も「ファンサービス」だ。
だが。
もうなんていうか、破壊力が違う。
まず純粋に、あまりにも曲が良い。もうあまりにも曲が良い。
そしてとても曲が良い。
とても曲が良い。

……要は、なんというか『仮面ジュブナイル』を聞いて抱いた不安のようなものが、一瞬にして消えていったのだ。
「うん、分かってる。私は全部、分かってる」
と、そう言われた気がしたのだ。

……誰に!?

僕が信頼するもの

僕は、ClariSのファンを信頼している。
「ソロで歌って欲しい曲」4曲の選出で、『ひらひら ひらら』『recall』『Dreamin'』『泣かないよ』が選別されるような、そんなファンの厚さと熱さを信頼している。
特に『ひらひら ひらら』が選ばれたことには拍手喝采した。
よく分かってるなぁ!!!!!

……何様なんだ貴様は。
そんな批判は甘んじて受けよう。僕はただの限界が近いオッサンで、ClariSのにわかファンだ。今は限界を超えてブログを書いている。しんどい無理。

まあ要するに、そんなにわかファンの僕だが、ClariSが大好きだし、ClariSのファンも大好きなのだ。
ClariSの世界観を構築してきたのは、ファンの存在が非常に大きいだろう。

だが。
その中に、『最上のClariSファン』が存在している。
誰よりもClariSを愛し、誰よりもClariSを理解する存在。

そう。
ClariSのスタッフ、ClariSに楽曲を提供するクリエイターの皆さんそして……
丸山真由子氏(以下敬称略)だ。


好きなアーティストはたくさんいるけれど、ここまで「関係者全員が全力で理解して愛しているアーティスト」となると、ClariS以外思いつかない。
というか僕の好きな他のアーティストは全員自分で曲を作っているパターンばかりだ。

僕の主観を差し引いても、この愛情の深さは異常だと思う。

特に丸山真由子という名前をピンポイントで挙げたのは、少し躊躇ったけれど、どうしても必要だった。
「渡辺翔氏の名前も挙げるべきだろう!」とか、読者としては色々言いたいことはある
と思うが、どうか許して欲しい。

『PRECIOUS』を聞いたときの心の動きを文章にしてみよう。
「……!!!!!これ、丸山さんだよな……丸山……うわあああああああああ丸山さん……ClariS……丸山さん……アリス……丸山さん…………………………………………」
ここで死んだ。完全に死んだ。

いや、こんな気持ちにさせてくれる「アーティスト『集団』」ってClariSだけだと思う。マジで。
一生信頼します。一生ついていきます。

結論

「語れない」というタイトルで5000字になりました。
それが全てです。

夢の続きを 一緒に

ClariS 『PRECIOUS』

お読み頂き、ありがとうございました。
元気ならまたいつか何か書きます。

 

これだけは言いたい

こんにちは、Mistirです。生きてます。
仕事がかなり忙しいというか、色々あって充実してます。
一方そのせいで、いまいちブログが書けなくなった。

その上で、これだけ言いたい。

……ClariS10周年記念ベストアルバムについて語るまでは、ブログやめられねえ……!!!!!!!!!!!


これだけです。ほんとコレだけです。
とりあえず、また。

祖母の話

こんにちは、Mistirです。

前回、「今後はバイク中心に好きなこと書きたい」とか言っといてなんだけど。
近況に絡めて少し話がしたくなってしまった。
忘れた頃に夢に出てくる祖母の話だ。
また夢に出てきた。

祖母の話

僕の家庭環境は少々複雑なので厳密に話すのは難しいのだけれど、高校まで僕は祖父母と同じ家で過ごしていた。
大学受験で半分ノイローゼみたいになっていた僕は祖父とひどく仲違いし、好きだった祖母にも大いに迷惑をかけてしまった。
祖父は知らないうちに鬼籍に入ってしまっていたらしい。
悲しかったけれど、相手の過ちを許し、相手の過ちを責めすぎる自分を省みるにはあの頃の自分は若すぎた。

一方の祖母は、僕が大学の頃に脳梗塞にかかってしまい、会話ができなくなってしまった。
もともと足が悪く歩けなかったところに重ねがけの不幸だった。
大学の頃、老人ホームに預けられていた祖母と一度会ったけれど、僕を見て何かを言いたそうで何も言えない、それだけしか分からなかった。

社会人になってから僕は東京に上京したので、祖母の世話は親に任せきりだった。

一年ほど前、親に無理を言って祖母にまた会わせてもらった。
親はあまり僕を祖母に会わせたくないようだった。僕に気を使っているのかもしれない。僕もなるべく親のことは詮索しないようにしている。

祖母は相変わらずだった。
僕をかろうじて認識しているようで、涙を流した。
僕は、ありがとう、ごめん、ありがとう、と、そんなことしか言えなかった。
ありがとうと言いたくなかったけれど、いつが最期になるのか分からないから、全て言わなければならないと、そんな義務感が僕にそう言わせた。
心からそう思っていたのだ。本当に申し訳なかった。本当に感謝していた。

その後、もともとたまに見ていた、祖母が急に元気に話し始める夢の頻度は上がった。
目が覚めた瞬間、夢だったことに気付く。
どうしようもないのだ。本当に、どうしようもない。

そして今年、コロナがやってきた。
2月頃に友人の結婚式のため地元に帰ったが、当然のように老人ホームは面会謝絶になっていた。

4月、5月、6月。
緊急事態宣言で鬱々とした日々を過ごしながら、祖母の夢を見る機会が増えた。
元気に話している祖母。元気に歩いている祖母。何も疑わず喜ぶ僕。

目を覚まして泣きそうになる。

外出自粛程度で、何が憂鬱だ、何が不自由だ、あの人に比べたら……

そんなことを思いながらも、やはり退屈なものは退屈で、じゃあ祖母のために地元に帰るかと言えば帰らず、僕は僕で適当に生活している。

ただ、やりきれない。
一言で言うなら、やりきれない。
悲しい夢じゃない。嬉しい夢だから、なおさら叩き落されたときの辛さが大きい。

教訓など何もない。
ずっと祖母のことを考えているわけにもいかない。
でも、今の気持ちをどこかに書かないでおくには荷が重すぎる。

少し吐き出したかった。
どうにかするために、じゃない。忘れるために。
自分が救われるために。

……。
次は「前回のアレはなんだったんだ?」ってなるようなこと書こうと思います。
実はバカなので新しいバイクを買い、納車待ちです。
でも感染者数の増大に憂鬱な日々が続いてます。納車されても下手すると乗り回せないなこれ……

ではまた。