MistiRoom

旅することと、語ること。自由であること。

『ゾンビランドサガ』が高度すぎる "やりたい放題" でたまらない

こんにちは、Mistirです。

久々に「やべぇ」アニメが出てしまった。

早々に女の子が陵辱される『ゴブリンスレイヤー』……

www.goblinslayer.jp

……も、相当に攻めてはいるのだが。
どちらかというと、これはこの世界におけるゴブリンの恐ろしさや残忍さを愚直に描いた、ある種極めて「マジメ」な表現とも言える。
それが視聴者に正しく伝わっているのか否か、それは別として。

一方で。
「全てが狂っている」と評される、あるアニメが出現してしまった。

そう。
それこそがまさに、今回語ろうとしている『ゾンビランドサガ』である。

zombielandsaga.com


まだ観ていない方は、可能ならば第一話を観て欲しい。

www.nicovideo.jp


嫌だ?断る?観る気が起きない?
……フッ、強情だなぁ。

安心して欲しい。
観た人も、まだ観ていない人も、この「完成された狂気の世界」へと僕が誘おうじゃないか。

その昔。
「狂人のフリをし続ける常人は、即ち狂人である」と……誰かが言った。

それと同じだ。
『ゾンビランドサガ』という作品は、極めて技巧的で、ある意味では極めて「尋常な」精神の上で組み立てられたものだ。

だが……

そこに込められる「緻密なる狂気」の「圧倒的純度」は、僕らに「果たして尋常とは一体何だったのか」を見失わせてくれる。


その世界観をラベリングすることが許されるなら、僕はこの作品を、こう呼ぼう。

「誠実なる狂気」と……!

ってことで語るよ。

 

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検索できない場所へ、旅に出よう【後編】

こんにちは、Mistirです。

今回は前回の続きです。

mistclast.hatenablog.com

決して検索ではたどり着き得ない場所のお話。
今回はちょっと重めのお話と、ちょっとしたブログの告知的な何かです。

 

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検索できない場所へ、旅に出よう【前編】

こんにちは、Mistirです。

最近東浩紀の『弱いつながり 検索ワードを探す旅』を読んだ。

弱いつながり 検索ワードを探す旅 (幻冬舎文庫)

弱いつながり 検索ワードを探す旅 (幻冬舎文庫)

 

東浩紀という人はなかなかに毀誉褒貶の激しい人で、僕自身も氏の行動を手放しで絶賛する気は無いのだけれど、この本は同意できることばかりだった。

曰く「ネットは弱い繋がりができやすい」というのは錯覚で、本当は「強い繋がりが良くも悪くもより強固になる空間である」と。
政治主張、社会問題に対する姿勢、確かにどんな例を思い出してみても、ネット上で生まれる一種の「スクラム」は(ある意味では現実のものよりも)強固になりやすい。

では今後の世界で重要になる「つながり」とは何か。
偶発性を生み、人生に広がりを持たせる「つながり」とは。
それはネットから離れた「リアルの空間を旅すること」にこそ存在する、と氏は指摘する。

そういったリアルの空間の偶発性の中で「検索ワード」を探すことが大事になってくる、と。
確かに「知らない概念は検索できない」。
まず「検索するためのワード」を自分の中に蓄積しておく。そこを起点にして、現実からも、ネットの世界からも広く「知る」ということができるようになる……

と、雑にご紹介しましたが、今日の本題はこの本そのものの紹介ではなく。
「確かにこの世界には……いや、それ以前にこの日本には、『検索では知り得ないもの』がたくさん眠っている」というお話です。

 

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平成の終わりに、進化したネット依存について考え直してみる

こんにちは、Mistirです。

思いつきで一週間ほどTwitterとニコ動とYouTube、その他ネットサーフィンを断ってみた。

すると、色んなことが見えてきた。

 

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今の世界で自由に生きられるほど、僕らは強くない (あるいはラブホの話)

こんにちは、Mistirです。

今から語ろうとしていることは、しょうもない話だ。くだらない話だ。
だけど、そんなしょうもない話を徹底的に突き詰めると、結論はそうなってしまう。
「(だいたいの) 人は自由でいられるほど、強くない」
と。

まぁ、お酒でも飲みながら聞いてくださいな。

 

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差別のことを考えたくない

こんにちは、Mistirです。

正直、こんなことを書いても何のメリットもない。
強いてあるとするならば、僕の思考がクリアになるだけだ。
それ以外は多分、全部がデメリットだ。

差別のことを考えたくないと、タイトルで書いた。
でも本当のことを言えば、「僕が差別主義者」なのだ。
そしてそれは一生治らないと自覚した。

だから、僕は「降りる」。
そう決めたという話だ。
こんなことを告白する意味は、何度も言うが……多分、ほとんどない。

 

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「自由」と真剣に向き合うこと。あるいは真剣に向き合ってこなかった僕らへ

こんにちは、Mistirです。

最近「自由」のことばかり考えている。
……というと、哲学的命題に取り憑かれているみたいになってしまうけれど……

僕の言う「自由」は、なんというか。
もっと低レイヤーの、ある意味では「しょうもない」自由だ。

例えば、嫌な人に嫌だと言う自由。
出たくない飲み会に出ない自由。
嫌な仕事を辞める自由。

……それを、
「しょうもない話だ」
「そんな自由最初からあるだろ?」
「俺はとっくに自由だぜ!」
と。
笑い飛ばすのは「自由」だ。

だが。
「本当にそういった『低レベルな話としての自由』について、僕らは本気で向き合ってきたのか?」というと……

正直に言ってしまえば、ほとんどの人が向き合ってないんじゃないかと思う。

今こそ語ろう。
僕らの手中に収まっていなければならない、シンプルな「自由」の話を。

 

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