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MistiRoom

それでも、何かを語るのだ

炎上したブレンディのCMを冷静に分析する

どうもこんにちは。
風刺大好き、表現の過激派リベラルのMistirです。


さて……。
ここ数日少し忙しく、時流を逃してしまった感がありますが……

2015年10月1日、突如としてTwitterのトレンドに
「ブレンディのCM」
というワードが現れました。

海外の方が「日本の気持ち悪いCM」としてツイートしたものを、ある日本人Twitterユーザーが引用したことで広まったようです。

 実際に見てみてください。
それが一番です。
【追記】

消えてるやんけ!!!!!
ってことで。解説します。

・牛の鼻輪をした「生徒たち」が「卒牛証書」を校長に配られる。
・校長によってその場で「進路」が宣告される。
・動物園に行くものもいれば、中には「食肉加工場」を宣告され慟哭する生徒も。
・主人公の「おっぱいの大きい」女の子は、「特別になるため」努力してきたことが回想として語られる。
・進路は……「ブレンディ」。校長曰く、「濃い牛乳を出し続けるんだよ」。
・めでたしめでたし☆

 

以上です。……ため息が出ますね。

【追記終わり】

このCM、そもそも1年前に作られたもので、それが外国人の方に「発掘」され、それが日本人に「発掘」されたということのようです。

で、このCM……
非常に、興味深い。

「強烈な嫌悪感」を催す人がいて、それをよくわからないという人がいて。ホラーという人がいて。

でも、詳細に一つ一つ分析している人はあまりいらっしゃらないようなので。
僕がやります。やりましょう!

ある程度丁寧にこのCMを読み解いて、「風刺ってなんだ?」「表現の自由ってなんだ?」っていう問題にも軽く踏み込んでみましょう。

前置きが長くなりましたが、分析に入ります。入りますが……その前に、短い動画ですので一度実際にご覧になってください。



観ましたか?






不快になりましたか?
不可解でしたか?




結論を言えば、このCMは「作品として見れば」非常に「優秀」な「構造」です
ですが同時に「いびつ」です。
その「いびつさ」を生み出しているのは、たったひとつの要素です。
その要素に関しても含めて、全て分析します。

まず、1分20秒までを仮に「世界観説明パート」とします。
で、「製作者を考慮しなかった場合」、この「世界観説明パート」の出来は本当に高い。
※この時点で、この分析の着地点にピンときて嫌な予感がした方もいらっしゃると思いますが、作者と作品を過度に結びつける分析ではないのでご安心ください。

さて、このCM、早速ながら「異様な光景」です。
「ごく普通の卒業式」のような、マジメな雰囲気……に見せかけて、全員が鼻輪をつけています。
名前ではなく、「番号」で呼ばれる生徒たち。
1分も見れば、『「卒業生」たちが「進路」をここで定められている』という世界観に気付くでしょう。

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で、このCMの言葉で言えば
「自分の望み通りの道を歩めない者もいる」わけで。
その代表格が、「食肉加工場に送られちゃう」この子。

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さて……
ここまでの流れの何が「凄い」か。

まず、1分20秒程度で、説明も何もしていないのに世界観が分かります。この世界の「ヤバさ」も分かります。

また、この作品のテーマの多重性にも気づきます。
ここまでで分かるテーマを、思いつく限り列挙してみましょう。

・管理社会の恐ろしさ
→誰もがこれを想像するでしょう。番号で管理され、管理者の一任によって定められる世界の恐ろしさ。ジョージ・オーウェル以降あらゆる作品で語られてきた「ディストピア」がここでも描かれています。
(ちなみにここで「マイナンバーがどうのこうの」とか言っちゃうと分析のレベルが下がるので、批評家の皆さんは注意してください。余談ですが)


・教育の歪み
→上で書いたテーマとも重なっていますが、ある絶対者(校長先生)によって番号で管理されている生徒たち。管理者の一任によって定められる人生。
学歴社会への批判とも取れます。もちろん、このテーマは語られすぎてて浅いものもたくさんあり、難しいものなのですが。
この動画に関して言えば、「生徒を家畜として描写する」という一種の「暴力」が極めてマジメに描写されており、良い感じの不気味さを醸し出しています。ホラーとして純粋に良いですね。

・努力型社会構造の歪み
→最初に書いた「管理社会の恐ろしさ」とはまた別の「社会構造」を描き出しています。
「努力しないと死ぬ」という、おぞましい社会。……もちろん、現在我々が過ごす世界は「努力しない者」にダイレクトに「死」が訪れるわけではありません。
ですが、この動画の世界では非常にダイレクトに「死」が、それも極めてグロテスクな形で暗示されます。
ベタといえばベタ、露骨といえば露骨なのですが、「卒業式」という本来感動するシチュエーション、柔らかい空気の中で「間接的とはいえ非常に輪郭の明確な死」と、「死を突き付けられた『生徒』の慟哭」が表れるこのシーン、凄まじいまでのクオリティだと思います。
よく出来た映画でもそうそうここまで「グロテスク」なシーンは見られない。
本来我々が認識している「卒業式」のイメージを転化させる効果があるのもポイントが高いです。

感動の別れ、旅立ち……それが「出荷」「死」というイメージと重ねられる。
もしかすると、旅立ちというポジティブな意味合いを連想させる「卒業式」は「残虐な社会への出荷」なのではないか?……典型的な「異化効果」ですね。このシーンを10回も見れば卒業証書授与のシーンに暗いイメージを重ねずにいられなくなること請け合いです。


さて、ここまでが屈指の出来の「世界観説明パート」です。

……さて。問題の後半パート。
焦点が
「お っ ぱ い が 大 き い 女 の 子」
に当てられる場面です。

……説明が非常にややこしくなるので。

シンプルに考えるために、前提を定めましょう。

このCMが「ブレンディのCM」であることを、一度忘れてください。
約束です。一度忘れてください。

約束ですよ。
では、先を読んでください。

さて、後半パートを「おっぱいパート」と名付けましょう。

おっぱいパートの主人公、おっぱい少女……はさすがに文面がひどいので、単純に「女の子」と呼びましょう。


「おっぱいパート」では女の子の「努力」、「煩悶」、「懊悩」そういったものが描かれています。
「努力すれば目的通りのモノが得られる」セカイの中で。
「努力しなければ死ぬ」セカイの中で。
「結局は牛の」セカイの中で。
「要するに出荷」のセカイの中で。

女の子の苦悩が描かれているのです。


……バカバカしく見えますよね。
努力して、望み通りの道を選べた!→花があるから動物園。
ああ、これだけ書いててもグロテスクだなぁと思う。

ちょっと余談を書きますが、僕、エロいの大好きなんですよ(唐突なカミングアウト)。

でも。
たまに空想します。

「もしもサルの雄がサルの雌の水着姿を見て股間を膨らませてたら、僕は笑うだろうか?」と。
滑稽ですよねぇ。

サルから見たら人間ってそんな感じなのかなーって思うとバカバカしくなったり。

そういった感覚と何か似ている。
「努力の先は動物園か」と。
「ああ、大企業に入社するのも動物園」。
「名門大学に入学するのも動物園」。
このCM、考えれば考えるほどニヒリズム系哲学好きならハマる要素兼ね備えてるんですよね。ニヒリズム系哲学って何かって?中島義道でも読んでください。 

明るいニヒリズム (PHP文庫)

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 余談終わり。

そういった前提を踏まえて、この「おっぱいパート」を見てみると面白い。

「特別な自分」「特別な自分」「特別な自分」。数えてみました。「おっぱいパート」に入ってから、「特別」という言葉が4回登場しています。
そう、「特別」ならば、「望み通りの道」に行けるし、「死」も避けられる!!!
うわグロい。
大好き!←このブログの筆者はこういう性格です。


で、何が「特別」だったんすかね、結局。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おっぱいです。


 

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「濃い牛乳を出し続けるんだよ」

 

ナンセンスだと思いますか?

でも、考える価値があると思いませんか?
「おっぱいが特別であれば、生きられる」んですよ。
これから卒業する(おそらく)高校生が、ですよ。
びっくりするほどグロテスクですよね。

「世界観説明パート」で列挙したテーマに、以下のテーマが追加されました。

・性的象徴、あるいは性的機能の有用性
「性的象徴(おっぱいが大きいことです)」、あるいは「性的機能(おっぱいが出ることです)」が「管理者」に、「男性」に評価され、「社会で有用」であると認定される。
……怖いっすねぇ色んな意味で。

その昔、「女性は産む機械」と発言し批判された政治家がいました。
で、実はこの言葉、非常に、非常に難しいんです。社会の運用、人類の営みが「システム」であるとしたら、その「機構」である人間を「機械」というのは間違いでないかもしれない。
……でも、『「人間」は「機械」ではなく、「人間」』です。「人が機械である」という理論を肯定してしまうと、「なら産めないならば人間は「機能を失った機械=廃棄物」なのですか?」って話になるし。
なのでその政治家の発言に怒る人がいるのも分かる。
……で。ある意味それ以上に残酷なテーマをこのCMは突き付けています。
何度も繰り返しますが、「性的象徴、性的機能を生かせるならば」「生存権が担保される」んです。
それは事実として、現実に存在している。

ここで反発した方もいらっしゃると思うので、考えてみてください。
風刺とは、概ね「認めたくないけれど確実に存在している現実の『歪み』を、キャッチーな形(大抵は笑い)で描き出すことであぶり出す」ことです。
もしもこの作品が「風刺作品」と言えるならば、(ここまでの前提条件の上では)一貫して「テーマ」に対する態度は成功しています。えげつなくて笑えませんが。

家畜のように生徒が管理されている教育現場は、(誇張しているとはいえ)存在している。だからこそ、グロテスクにその形を描く。


死か成功か、しかもそれが「管理者(企業の人事担当者と考えてもいいし、色々当てはめてみてください)」によって裁定される世界が確実に存在している。だからこそ、グロテスクにその形を描く。

男性に性的な機能、魅力を有しているために「成功」する女性が確実に存在している(性がお金に変換されることを否定する人はいないでしょう)。だからこそ、グロテスクにその形を描く。
※ぶっちゃけ性的であることによって成功する女性がいることは別にディストピア的ではないですが、おおっぴらに言うことでもないですよね。


さらにさらに。
「自分は『特別だ』と認識している『(特別でありたいという欲求で生きている思春期の)女子高生』の価値を『男性管理者が』『性的象徴であり機能』に認める」、しかも更に言えば「女子高生はそれを自覚して努力している(!!!!!!!!)」という世界が存在している。だからこそ、グロテスクにその形を描く。驚異的なことに、この複雑な構造をたったの、たったの数十秒で描ききっている!!!!!
……ははは、何度考えてもすげえ。


すげえけど……こりゃ炎上するわ。分かりにくければ以下のシチュエーションを考えてみてください。
「女性は産む機械」で怒った人たちに、以下のように言ってみましょう。
「この世の中は努力するか魅力ないかしないと死ぬんだよねそして生きられる奴は努力したやつだけ。それを決めるのはエライ人。はいそこの君おっぱいが大きくて出るから生きられるよ!他の奴は死ぬけどね!あ、君は見栄え良いから生きられる(動物園)よ!」

 

……ひっどいな。

でも、間違ってはいけません。
この「表現」自体は間違ってないんです。
そのグロさが描き出されることで、炙り出されることで、現実の問題も見えてくるのが風刺の(一種の)本質です。
僕は「表現の自由」に対して、「相当広く認められるべきだ」というスタンスを取っています。詳細はまた別の機会に語りましょう。


でも……
「この表現に怒る人は風刺を理解できない人なんだな」。……そう単純に結論づけて終われるならば、どれだけ幸せだったことか……。


この作品に対して、ここで断言します。
「これはアカンで……」と。
大抵の表現は「OK」と言う僕でさえ、です。


ここから、ここからが本当に大事です!大事なんです!よく読んでください!!
もしも……この後。
「就職先は◯◯社(架空の会社)、濃い牛乳を出し続けるんだよ。……特濃牛乳を100%使用しています」
だったなら。

「このグロテスクな世界を先導しているのは大企業」という、大企業先導型資本主義批判まで入って「どれだけ多重なテーマの作品なんだ!」ってなってました。
この「表現」に対し、僕は「アカン」とは言わなかったと思います。


ですが。
この作品の前提条件にして、根幹部分にして、最大のポイントが、僕や視聴者に深すぎる困惑を与えます。
……このCMが。
ブレンディのCMであるという事実です。
ブレンディのCMであり、AGF(味の素ゼネラルフーズ)の評判を上げるために作成されたという事実です。


ここで、一気に意味不明になります。
……社会批判?風刺?いや、何故AGFがそれを?大企業が?

……いやいや、大企業が風刺作品を作るのは何も間違いじゃない。
間違いじゃない、が……

ブレンディという商品の評判を、アレで上げる?
あのグロテスクな作品で?
前提条件として、商品の評判を上げるのがCMだよな?
商品の評判を下げるために巨額の宣伝費払わないよな?


……公式では、この動画を「感動作品」として売っていました。

……大企業が、この作品を「感動作品として売り出す」こともまた風刺の一種だとすると……いや、ここまで考えると流石に面倒くさい。もしも本当にそういう意図だったら歴史に残るレベルの大規模な風刺だけど。


もしも、「炎上商法」の意図でやっていたとしたら、リスクが大きすぎます。「過激な発言をする炎上商法」はありますが、それは「正論」であってこそ商法になります。
「過激だけど否定は難しい」、そういったような発言が上手な「炎上商法」です。そもそも炎上商法嫌いですが。

この作品で描かれている世界は、「否定されてしかるべき世界」です。
そう、ここが非常に重要。
ディストピア系の作品は「否定されるべき世界」を描きます。
もちろんキングオブ風刺小説、ジョージ・オーウェルの『1984年』も「否定されるべき世界」を描いています。


さて、「否定されるべき世界」の中で……
ブレンディに就職(AGFに就職じゃなくて、「乳牛として」の就職なので非常に難解な表現になってますが)することが「良いこと」であるとして扱われている!!!??


「否定されるべき世界」の中で、自社をアゲている!!!!!??????


ぶっちゃけ、意味不明です。
意味不明すぎて、僕には到達できない領域です。

……もう一つの可能性。
「この作品が、本気で感動作品として作られていたとしたら?」
生まれてはいけない仮定が生まれてしまいました。

……本来。
製作者と作品は切り離されて議論されるべきです。
「テクスト理論」といわれ、作品分析の基本中の基本です。
なので、「作品として見た場合」、とりわけ「最後のブレンディが架空の大企業になっていた場合」やはり何度見ても「秀逸な作品」としか言いようがありません。

表現の自由という言葉があります。
僕は、「自由には責任が伴う」という有名な言葉が嫌いです。
「責任」っていう言葉を隠れ蓑に、好き勝手に自由を制限する論法に使われるからです。

その代わり表現の自由には反応が伴う」と言っておきましょう。
自由に表現をすると、自由な反応が返ってくる。当然です。

……で。
この動画に「批判」が寄せられるのは当然です。

「大企業の行為」として見ても「作品」として見ても、おかしいんですよ。
「さっき秀逸な作品って言ってたやん!」と言われるかもしれません。確かに秀逸な作品です。
ですが、明らかに「ブレンディ」のくだりのせいで作品が「いびつに」なっているんですよ!!

AGFがブレンディを「肯定的な」象徴として描いてるのは当たり前です。
もちろん企業によっては「自社製品で自虐する」ということをやってるところも増えてきましたが、このCMを見る限り「自虐」の意図は見えません。

長く長く語りました。
本当に、前置きが長くなりました。
このCMがあまりにも不可解な、その理由をたった一言で断言します。

「否定されるべき世界の中で、肯定されることが前提の自社製品の広告をやっている」んです!!!!!

あまりにも、あまりにも「歪」。
先程「テクスト理論」の話をしましたが、この場合「前提条件」が加わるのです。
どこの企業も、自社製品を否定しようとしている企業はありません。
自社製品を売りたいと思っています。
自社製品の評判、イメージを上げたいと思っています。
これは確実です。

ですが、これはどうでしょうか。
「全否定されるべき地獄の中で、自社製品を持ち上げた」んです。

本当に、本当に意味不明です。

その瞬間、作品すべての「テーマ」が反転します
それくらい大きいことをやってしまいました。

つまり。この作品を作ったAGFは。

 

「家畜のように生徒が管理されている教育現場」を。


「死か成功か、しかもそれが『管理者』によって裁定される世界」を。

「男性に性的な機能、魅力を有しているために『成功』する女性が確実に存在する世界」を。

 

「自分は『特別だ』と認識している『(特別でありたいという欲求で生きている思春期の)女子高生』が、価値を『男性管理者によって』認められるのは『性的象徴であり機能』であるという世界」を。

 

「否定されるべき地獄として描いてはいないのではないだろうか」

 なんというか、究極のホラーですね。ここまで意図してるとしたら、本当に歴史に残りますよ。いや、既に歴史に残ってるか……

そりゃ炎上します。
しかもAGFは誰がなんと言おうと「大企業」ですから、どうしても観てる側としては「校長先生(管理者)」と重ねざるを得ないんですよね。
で、そのAGFが、この地獄を無自覚に肯定的に描いている……

AGFさん。
そりゃ、アカンで。
そりゃ燃えるで。

長々と書きましたが、この作品の構造はある程度語りきったと思います。はー疲れた……

この作品に抱かれていた「違和感」を解消する手助けとなったならば、幸いです。

今回もお読みいただきありがとうございました。
ではまた次の記事で。

 

おまけ 

AGF ブレンディ ミルクひろがる挽きたてカフェオレ 500ml×24本

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 【追記】

想像以上の反響……ッ!
ありがとうございます!

一箇所、コメントで「なるほど!!!」って思ったので、追記いたします。
性的象徴」の箇所です。これみよがしにラスト揺らしてたので、僕も騙されちゃいました。
でもよく考えると、このCMの中では一度も「おっぱい」を「性の象徴」として扱ってないんですよね。
これみよがしにゆっさゆっさ揺れてたので、騙されました。
この作品だとおっぱいは、ミルクを出すための機能に過ぎません。

つまり、性的「機能」としてしか描かれていない。

ここは厳密に見るならば分別して分析すべきでしたね。
完全に騙されました。僕の意識が誘惑された!?


ある意味徹底して「家畜」なんですよね。そこはあくまでも。
でも……闘牛場に送ることを決めるとか、食肉加工場に送ることを決めるとか、「管理者」の視点はあくまでも「人間」で。
うーん、難しい。

勉強になりました。
コメントくださった皆様、ありがとうございます!

 

【さらに追記】
でもやっぱりこれみよがしにおっぱいゆっさゆっさだよなあああ!!!!

おわり。

 

【さらにさらに追記】

非常に重要な追記です。ここまでの内容全てに匹敵するくらい重大な追記なので、是非読み飛ばさずお読みください。


たくさんのコメント、ありがとうございます!
その中で「ただの擬人化じゃない?」というご感想を頂いておりまして、少々僕の中にもモヤモヤしたものが残っていました。
実際、製作者の方の意図は「擬人化」だったそうです。

www.sensors.jp


ですが、この記事に寄せられたあるコメントで「うわああああああああ」ってなりました。
あまりにも、あまりにも僕の気持ちを的確に表現してくださっていた!!

引用します。

 id:kurishinese

もしかしたら世代によって受け取り方が変わるCMかもしれませんね。
僕は90年代生まれの所謂「ゆとり世代」なのですが、僕らの世代って、
やれ、コミュ力をつけろ!グローバル人材になれ!(企業にとって都合のいい)夢を持て!自己実現だ!(企業が定めたルールに従って)競争しろ!努力しろ!社会に適応できないのは甘え。自己責任!
って散々大人たちから煽られてきた世代なんですよね。
だから、大人たちの都合を内面化して、自ら家畜(社畜)になることを望み、家畜になれたことを本気で喜ぶ女の子の姿が痛々しくて・・・
とても他人事(他牛事?)とは思えなかったです。
「たかが擬人化じゃん」とおっしゃる方もいますが、僕も登場人物が鼻輪を付けているのを見た時点で「ああこの子たちは牛を表しているんだな」ということには気づきました。ですが、僕(らの世代)にとって、あまりにも生々しすぎるんですよ。
牛を擬人化したように見せかけて、実は一周まわって人間社会を描いているように僕らには見えてしまうんですよね。
あー、企業の大人たちはこういう若者の姿を「良い」とか「感動的!」と思ってるんだ・・・ってね。
まあ、このCMに感動できないひねくれた若者は企業にとっていらない人材なのかもしれませんが。

 

 

ありがとう……本当にありがとう。
いや、もちろん全てのコメントを拝見しており、全てのコメントに感謝しておりますが……もちろん、個別に返信させていただきますが。
それでも、引用したコメントのおかげで最後のピースがハマったように思いました。

そうか……だから、だから僕は8000字も書いた……書けちゃったのか。泣きそうだよ……
kurishinese様、本当にありがとう……

もちろん、重ね重ねコメントしてくださった全員の方にお礼申し上げたいです。
ですが、取り急ぎ代表して引用させていただきました。

……マジ泣きそうっす。そうか、そうだったのか……だから僕は……