MistiRoom

旅することと、語ること。自由であること。

一度でいい、ダムに行こう

台風19号が大きな被害をもたらした中、八ッ場ダムの存在が話題になっている。

僕はよくバイクでダムに行くのだけれど、多分ダムに行かない人には何故わざわざ行くのかよくわからないと思う。

でも、台風の被害が落ち着いたら一度は行ってみて欲しい。
ダムに行く前と行った後では、モノの見方が変わる可能性すらある。

 

「ダムの存在」に思いを馳せる

ここで「ダムの役割が〜」なんていう教科書的な話をするつもりはまったくない。
必要ないのだ。

単純な話、何も知らずに行ってみればいい。
そこに答えがある。
これは比喩じゃない。

有名なダムなら、大抵無料で入れるちょっとしたダム博物館が併設されている。

例えば「ダムマニアが選ぶベストダム」として有名な宮ヶ瀬ダム

www.ktr.mlit.go.jp


都内から2時間程度で行くことができる。

ここには当然のようにちょっとした博物館が併設されている。

それから秩父にある浦山ダム

www.water.go.jp

ここは宮ヶ瀬ダムと比べて人が少ないから穴場といえば穴場だ。
せっかくの秩父だし、宿を取って観光がてら行ってみるのもいい。

「ダムの技術」に思いを馳せる

なぜそんな博物館は大抵無料なのだろう?
運営費もタダじゃないのに。

答えは色々あるだろうが、とりわけ重要なのは……
「ダムは悪者にされがち」
という事実だろう。
実際に悪者である、という側面も否定できないかもしれない。
最初に引用したツイートの通り、ダムは多くの住民の生活を奪った上で成り立っている、それはひとつの事実だ。

だからダム事業に関わる公共団体は情報を広めるために、結構な努力をしている。
知る人ぞ知る「ダムカード」もその一つだろう。

www.mlit.go.jp


ダムに行くとタダでクオリティの高いカードが貰える。
これ目当てにダムに行く人もいるくらいだ。

併設されている博物館に話を戻すと、展示をざっと見るくらいだと「ダムに使われている技術」を網羅して理解することはまず不可能だ。
それくらい色々な知識がダムには集約されている。
そもそも、ひとくちにダムといっても色々な種類があったりする。

damnet.or.jp


そういった博物館で、ざっくりとでいい。ざっくりと展示を眺めて、「なんだか凄いんだねぇ」くらいでいい。
ダムという漠然とした存在に詰め込まれている技術に、思いを馳せてほしい。


ちなみにこの浦山ダムのような大きなダムの場合、ダム内部に入れる場合がある。
ちょっとした探検の気分が味わえるからそれだけでも価値があるし、浦山ダムの場合ダム内部にも「水圧の強さを体感できる実験装置」みたいな面白い展示があって飽きない。


「人知れず役割を果たすダムと管理人」に思いを馳せる

僕は有名なダムだけじゃなく、遠くの山奥にある小さなダムにふらりと立ち寄ることもある。
目当てはダムカード……でもあるのだけれど、基本的にバイクに乗る人間という人種は、走ることができるのならば目的地はどこでもいいのである。

で、土日でも事務所に行けば大抵の場合ダムカードを配布してくれる。
……山奥の、誰もいないような場所にあるところにあるダム。
それすらも誰かが管理している。


ここにも「人」がいる。

都心に近く、災害に即して随時対応を迫られるようなダムなどはなおさら「人」が「技術」とずっと寄り添って運営していることは想像に難くない。

「歴史と物語」に思いを馳せる

奥多摩湖にある小河内ダム。
ここは建設で87人の死者が出て、今も慰霊碑が置かれている。

damnet.or.jp


「ダム工事」の物語で有名なのはやはり『黒部の太陽』だろう。 

黒部の太陽

黒部の太陽

 
黒部の太陽

黒部の太陽

 

 僕が個人的にノンフィクションとしておすすめしたいのが、『高熱隧道』だ。 

高熱隧道 (新潮文庫)

高熱隧道 (新潮文庫)

 

 単純に小説としてスリリングだ。

……何が言いたいか、というと。

ダム建設のための犠牲、なんて普段の日常で考える機会はない。
そこに住んでいた住民のことも、建設に従事した人々のことも。
……だから。

ダムに行って展示を見て、物語に触れて。
そのときだけでも、そこに紡がれた歴史に思いを馳せても良いんじゃないか、と思うのだ。

そこから初めて、ダムの功罪について客観的に考えられるようになるのだと僕は思う。

まとめ

台風19号で緊急放流が行われた際、「何故事前に放流しておかなかったんだ」という声を上げる人がいた。絶望的なことだけれど、某党の某議員までもがそういったことを言っていたようだ。

反論として「そもそも流入量と流出量は変わらない」と、そうやって反論することは簡単にできる。
知識の欠如。

だが、正直なところ(議員は論外にしても、一般人の場合)「知識」はそこまで大事じゃないと思っている。

大事なことは「実際に見た上で、思いを馳せる」ことだ。

実際にいくつかダムに行って、ダムを見た上でなら、「緊急放流の仕組み」みたいな具体的知識がなかったとしても、「ああ、それくらいなら嫌って言うほど考えているだろうな、だって最重要事項だもん」と演繹的に考えることができるはずなのだ。

だけど、それは一度も行ったことがないならば「そこに費やされたあらゆるコスト」や「それがもたらす結果」について具体的に思いを馳せることはどうしても難しいと思う。

だから行ってみるべき、というのが一つ。

……で、もう一つは。

ちょっとした「日常の外側」を見てみることをオススメしたい、という一人のライダーとしてのおせっかいだ。

展示に思いを馳せた後、ダム湖畔で缶コーヒーを飲みながら何も考えず景色を眺めるのが好きだ。
あの時間は、誰にも奪われない、自分だけの時間だ。
ここは「非日常」じゃない。
だけど「日常」でもない。
「日常の外にある日常」がここにはある。

僕もまだまだ色々行ってみたい。ダムカードもどんどん増えてるゾ。

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順番は適当にフォルダリングして集めてる。
「結構走ったな、俺」と思い出にひたることもできる、ライダーには良いグッズなのだ。

ちなみに僕は同じような理由で"灯台"も好きなのだが、それはまた別の機会にお話しよう。

ではまた。