MistiRoom

旅することと、語ること。自由であること。

何もしたくない、あるいはTwitterのこと

こんにちは、Mistirです。

長いこと更新してなかった。
2月1日に独立して、最初は慣れていなかったこともあり大変だったけど徐々に慣れてきて今に至ります。

別に時間が全く無いってわけでもなかったんだけど……
気持ちが忙しないのと疲れているのとで、なかなか文章が書けないでいた。

やっと落ち着いた予定のない日曜日。
今日は独立した前後の日々のことか、滝本竜彦について何かを書こうと思っていた。

滝本竜彦。
僕がもっとも敬愛する小説家だ。

処女作の『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』は10回以上読み返している。

ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ (角川文庫)

ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ (角川文庫)

 

 最近、最新作の『ライト・ノベル』を買った。

ライト・ノベル

ライト・ノベル

 

難解極まりなかったけれど、大傑作だった。
滝本竜彦が小説家人生を賭けて追い求めてきたものの、一つの結論だった。

……そういったことを語ろうと思っていたが、面倒臭さが勝ってしまった。
いつか絶対に語ろうと思うけれど、今書いても100%の文章は書けない。そう思った。

書けるときには一気に書けるのだけれど、何か呪術をかけられているような、そんな状態に陥っていないと書けない。
例えば、この記事なんかは3時間ほどで下書きもなく一気に書ききった。

mistclast.hatenablog.com


乗ってるときは一気にいける。
でもそうでないときは、何もできない。 

身体が疲れているということもあるけれど、日曜日の午後はいつもそうだ。

以前はそういった気持ちが定期的な感覚で来ることに本気で悩んだこともある。
おそらく、躁鬱傾向の一種なのだろうと思っていたが、今はもっと単純に、自分が途方もなく疲れやすく、疲れると本当に何もできないってだけなのだと諦めている。

そういったときはYouTubeとかニコニコ動画でしょうもない動画を流しながら、酒を飲む。
洗い物は溜まり、机は乱れる。
洗濯物はやる気のあるなしに関わらず、常に乾燥機に突っ込んでいる。

悲しいから酒を飲むのでも、楽しいから酒を飲むのでもない。
惰性で酒を飲んでいる、というのが一番近い。
あえて回りくどい表現をするのなら、このやる気のなさやどうしようもない虚無感を、やる気のなさやどう仕様もない虚無感であると実感する前に、酒で流し込む……そういった儀式みたいなものになっている。

だが冷静に考えると、全ては惰性だ。
それは独立しても変わらない。

その理由は自分の途方もない疲れやすさにあるのではないかと、今は思う。

そういえば元・日本一有名なニートのPhaさんも「疲れやすい」と言っていた。

持たない幸福論 働きたくない、家族を作らない、お金に縛られない (幻冬舎文庫)

持たない幸福論 働きたくない、家族を作らない、お金に縛られない (幻冬舎文庫)

 

僕もそうだ。
基本的に疲れている。

だが、疲れたから何もしないというのももっと疲れる。
不思議な話だ。

だんだん、肉体が疲れているのか精神が疲れているのか分からなくなる。
そんなときはとりあえず長時間寝るのがベストだ。


にも関わらず、なぜかこんな文章を書いている。
それは最近買った『ライト・ノベル』を雑所得に対する経費に計上するため……
でもあるのだが、それだけではない。

多分これは、一種の暴力性なんだろう。
たまに何もしたくない、何も前向きに考えたくない、そんなときは色々な負の感情を誰かにぶつけたくなる。

石川智晶の『不完全燃焼』のように。


不完全燃焼 / 石川智晶 PV


本当は何もしたくないんだろ?
そうなんだろ?そうなんだろ?と。

とにかく、「質量を持った『後ろ向き』」を誰かにぶつけたくなるのだ。

僕はどうしようもない人間だから、自分以外の誰かが途方もなく後ろ向きだとイライラする。もうちょっと前向けや、と。
だが自分がそういった発作に襲われたときは、それが発作だと分かっているから、とりあえず自分の中に収める。

だが今日はなんとなく、それを誰かにぶつけたくなった。多分、何かを書こうとして、それが書けないと分かって、とにかく何かを書きたくなったからだろう。

そういえば。
こういったとき、僕は以前Twitterに色々な感情をぶつけてきた。
そういった用途に関して、Twitterという媒体ほど優れたものはない。
あそこは人の闇が剥き出しのまま渦巻く空間だ。

それが、元気な僕には鬱陶しい。

そこまで世の中闇でもないだろう。
鬱々と文句を言ってる暇があるなら前を向け。
Twitterのクソみたいな文章を読む暇があるなら、滝本竜彦か三秋縋の小説を読む方が1億倍有意義だ。

スターティング・オーヴァー (メディアワークス文庫)

スターティング・オーヴァー (メディアワークス文庫)

 


そういったことを考えている僕が。
いざ世界に後ろ向きな感情をぶつけたくなったときに、Twitterみたいな空間を懐かしく思うのは、自分勝手な話だろう。

他人に闇をぶつけるのなら、他人の闇を受け入れる。
それくらいあってもいいだろう。

だが、……それすらも、面倒くさい。
そうして僕は一人になる。
一人になる。
一人に……

……一人に、なりきれない。
だからこうやって、何かを発している。

そういえば。
SmartNewsか何かで見かけたが、Twitterで「人を傷つけない表現」が話題になっているらしい。

news.nifty.com


フランス文学を学び、岡本太郎のファンである僕が言う。
バカバカしい。人を傷つけてこそ本物の表現だ、とまでは言わないにせよ、表現が偉大なものであればあるほど、人の心の触れただけで崩壊するような部分をいともたやすくグチャグチャにかき乱すんだよ。

ものごとをメタに見る、ひねくれ者の僕が言う。
たったひとりの素人の発言に、色んな人が騒いじゃってまぁ。ただのリンチじゃん。

そんな僕と事象をさらにメタに見る、もう一段階上の僕が言う。
違うね。こういった発言を放っておくこと、それはあってはならないことなんだ。素人から発された言葉か、プロから発されたか、そんなことは関係ない。表現に関わる人間の尊厳の問題なんだ。



今の僕が言う。
お前らみんな傷つけバーカ。
あっ、傷ついた?あはは。


……。
なんでこんなこと書いてるんだろう。

多分、寂しいんだろうなぁ。
誰かに分かってもらいたいんだろうなぁ。
これだけ何もしたくなくても何かを書いている気持ちも、嫌いなTwitterでたまに馴れ合いたくなる気持ちも、あまり胃の調子が良くないのに酒を飲みたくなる気持ちも。
その上で肯定されたいし、否定されたいんだろうなぁ。

酒が友達だなんて思わない。
強いて言えば小説と本が友達だ。
最近は小説ばかり大量に読んでいる。

今日はそれすらも信じられなくなって、何もせず、ここに書いたようなことばかり考えていた。

また明日が来る。
明日頑張ろう。
いつもそうだ。月曜日の僕は、頑張っている。

お読みいただき、ありがとうございました。
ではまた次の記事でお会いしましょう。