MistiRoom

旅することと、語ること。自由であること。

「人生最適化症候群」という病

こんにちは、Mistirです。

「人生最適化症候群」という病名をご存知ですか?
知らないですよね。
ついさっき僕が考えましたから。

この症状に罹患すると、「結婚できない」「彼女ができない」といった症状を発症し始めます。
それだけだと良いのですが、この病の最大の問題点は……

「結婚できないけど今が充実してるから良い」といったような前向きな自己受容にはなかなか至れず、「このままで良いのか」「寂しい」などという残念な気持ちを悶々と抱え続けることになるのです。

「何故人生を最適化しているのに納得感が無いのか?」
その理由も、お話しましょう。
何故わざわざこんなことを僕が書くのか?
簡単な話ですよ。

書くという自傷行為です。
それだけです。

以下、「人生最適化症候群」に罹患した患者の典型的な症例です。

 

 

人生をRTAすることに悦びを覚える

最近、僕はミニマリズムに目覚めた。

mistclast.hatenablog.com

そこで読んだ本に「電子書籍は使うけれど、デバイス二台持ちには耐えられないから、(ミニマリストの自分だが)あえて大きめのスマホを使う」というようなことが書いてあった。

正直、「その手があったか!」という衝撃を受けた。
僕は電子書籍のヘビーユーザーで、ずっとiPadとiPhone SEを二台持ちしていたのだけれど、
「二台分の管理に必要な思考のリソースが一台分になると一気に減るな……」
と思い立ったが吉日、二日後にはiPhone8plusを契約に行っていた。

で、変えてみて思ったのが……

これは凄く良い。本当に良い。

漫画を読むのも、文章を読むのも、動画を読むのも……
速さが、違う。

今までは読書する場合はiPad、映画を見るときはホームシアター……というように切り替えていたけど、基本的に全部iPhone8plusにまとめてしまえば……
「切り替えに必要な思考・行動のリソースが限りなくゼロに近づく」

朝イチの寝起きにiPadから動画を覗く気にはなんとなくなれなかったのだけれど、朝イチでiPhoneを手にして動画を開くのは、なんというか「精神にかかるコストが限りなくゼロ」なのだ。

これまで電車で移動するときも小説を読むときは「よっしゃ、小説を読もう」→「iPadをカバンから取り出す」→「kindleを開く」っていう三段階のプロセスを経ていたけど、大抵の場合電車に乗ると「ポケットからスマホを取り出す」の初手は既に経ているから、実質「kindleを開く」っていう1プロセスで済む。

僕の今のライフスタイルに、完全に合致したプロダクトだ。

少し話が変わるけど、最近のお昼休みの過ごし方。
……だんだん昼休みにご飯を食べるのが、心底面倒くさくなってきた。
貴重な一時間だけの「昼休み」という時間のリソースのうち、概ね50%に至る時間を移動であるとか、食事とそれに関わる事象に取られるのは極めてバカバカしく思えてきたのだ。

誰かとご飯に行く?
論外。月に一回程度なら……ギリ、別に構わないけれど。
基本的に誰かとご飯に行くのは「お弁当(後述)があるから」と断っている。
「ご飯の時間を楽しむ気はないのか」って?
毎日わりと美味しいご飯をゆっくり味わえるなら理想的だけれど、あまりお金をかけない前提なら、お昼に食べられるご飯なんて大したものじゃない。
弁当は面倒で心が折れる。弁当を作る時間も精神的リソースもない。

ということでCOMPだけで終わらせることにした。

mistclast.hatenablog.com

COMPなら、朝に水を買いさえしておけば作るために必要な時間は概ね3分程度。昼寝に20分取るにしても、残り37分間は読書なりスマホで映画鑑賞なりに使える。

厳密にはCOMPとプロテイン20gを混ぜた物体 (僕は弁当と言い張っている) をプロテインシェイカーに入れて持って行くことにしている。
これでお昼休みに摂取できるタンパク質は約35g、また、カロリーは合計500キロカロリー弱。やや心もとないが、どうしてもお腹が空くなら軽めのお菓子かSOYJOYあたりをコンビニで買っておけばいい。多少脂肪過多だけど。

……水に関しては、家から水筒でコーヒーや紅茶を持ってくることも考えたけれど、水筒という「モノ」を持ち運ぶこと、管理することが面倒くさい。仕事に行く前に2リットルの水を100円で買っておいて、仕事が終わる前に余った水とペットボトルは捨てて帰る。それが「最適解」だと最近気付いた。


ああ、美しい人生だ。
知り合いから「RTAみたいやな」と言われたが、最高の褒め言葉だ。
僕は人生をRTA化したい。

RTAとは (アールティーエーとは) [単語記事] - ニコニコ大百科



その他諸々。「人生を最適化するライフハック」は腐るほど僕の中にある。
ミニマリストの方が書いた本にはそういった「最適化」に関することが結構いろいろと書いてあるのだけれど、僕の場合そのうちいくつかは既に実践していた。

……だが。
何か違和感がある。
何か変だ。
何かが……

僕は人生を最適化する。何故か?

無駄が嫌いだから。
それもある。でも、それと同じくらいか、それ以上に……

……奪われるのが、嫌いなのだ。

無駄は「自分で選べる無駄」だけを選択し続けたい。
だから僕の趣味で一番のウェイトを占めているのは、この世の「無駄」を濃縮還元したような「バイク」という趣味なのだ。
言ってしまえば、ある意味この「ブログを書いている時間」も解釈次第では無駄でしかない。

「何が無駄で何が無駄でないか」は、この話では重要じゃない。
重要なのは……そう。
「自分で『選べる』か否か」だ。
自分で選べる無駄、それを僕は「自由」と呼ぶ。
誰かに付与される無駄、それを僕は「僕の自由を奪われる」と解釈する。














俺は!俺から奪っていく奴を絶対に許さねええええええ!!!!!!!!!!


f:id:Mistclast:20180722175901p:plain※傑作アニメ『聖剣使いの禁呪詠唱』のキメ台詞。詳細は過去記事参照。

mistclast.hatenablog.com

 
僕は誰かから時間を「奪われる」、「拘束される」ことが許せない。例えば仕事なら、給与以上の無駄な時間を「取られる」ことが許せない。

簡単な話だ。
時間は、命なのだ。僕の生きている人生、そのものなのだ。
それを大した理由もなく奪う?
それは緩やかにせよ、部分的にせよ、「殺人」とどう違うのか。
だから僕は誰かに無駄な時間を取られることが大嫌いだ。
全ての時間は自分でハンドリングしたい。
自分でハンドリングできる時間なら、その時間内で無駄は幾らでも生じていい。

……さぁ。
実はここからが本題だ。

ここまで、仮に僕と同じ考えの人間がいて。
自分でハンドリングできるようになった「余ったリソース」を夢や目標のために使っているのであれば、その人は……多分、「人生最適化症候群」ではない。
「夢に燃える人」でしかない。

なら……「僕」は、「余ったリソースと時間」を何に使いたいのか……?










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つまるところ、僕の人生RTA(リアルタイムアタック)には……目的がない。
クリアがない。

ただただ、急いで走ってるだけなのだ。

何故こんな嫌なんだろう

一応、やりたいこと自体はある。本も読みたいし、映画も観たい、ブログも書きたい、ジムにも通いたい、金曜はさっさと帰って土曜のツーリングに備えたい。
……だが、どれもこれも「口実」というか。
「それが心からやりたいから人生を最適化している」っていうよりは。

「自分でハンドリングできない時間が『嫌で仕方ない』」という負の感情の方が、気持ちとして圧倒的に、大きい。


語るまでもない、僕も好きな格闘マンガのシリーズ『グラップラー刃牙』。その第三部にあたる『範馬刃牙』にビスケット・オリバというキャラクターが登場する。

範馬刃牙(1) (少年チャンピオン・コミックス)

範馬刃牙(1) (少年チャンピオン・コミックス)

 

 犯罪者でありながら、最強の肉体で看守たちを思うがままに扱い、そして監獄を高級ホテルのように扱う、その「フリーダムっぷり」に対し……
「ミスター・アンチェイン(繋がれざる者)」
と呼ばれる存在だ。

そんなビスケット・オリバに対し、主人公のバキはこう言って喧嘩を売る。

世界一自由でなければ自由を感じられない……って なんて不自由な男だい


……要するに、そういうことだ。
僕は誰よりも自由を愛する。
故に、誰よりも不自由だ。


何故こんな極端な思考になってしまったのか?
心当たりは腐るほどある。

けど……一番大きいのは、過剰なまでの「もったいない精神」だと思う。最近ずっと考えているのだけど、「もったいない」は人生においてすっげぇ邪魔な言葉だ。

もったいない、という言葉は、色んなものを、色んな機会を、……「腐らせる」。

「もったいないし」こうしよう。「もったいないし」持っておこう。

そうしてあらゆる選択肢を選び続けていれば、中途半端人間のできあがり。

「もったいないし」の前に「時間が」をつけると、真逆のパターンが出来上がり。

「時間がもったいないし」こうしないでおこう。「時間がもったいないし」持たないでおこう。

そうしてあらゆる選択肢を捨て続け、何もしない人間が出来あがる。

そして適宜「どちらかを」選び続けていたとしたら?
つまり、ある場所では「もったいないから全パターンを網羅し」、ある場所では「時間がもったいないから全ての選択肢を捨て続け」ていたら……?
「何かのため」ではなく。「もったいないから」あるいは……

「面倒くさいから」。
そう、「し続けている」としたら?

僕はその状態に罹ってしまうことを、「人生最適化症候群」と呼ぶ。

治療法

知りません。

……だけど、そろそろ「治療」する必要を感じている。
ちょっと考えます。

「他人に寛容になれば良い」とか、そんな単純な話ではないと思う。やっぱ幾ら譲歩して、幾ら考えても、「無駄なもんは無駄」としか思えない。

……結局、僕がかなり仕事嫌いなのはこの点も多い。
無駄じゃない時間もあるけれど、どうしても「無駄」としか思えないような時間がどうしても生まれてしまう。
「意思決定なんて全部一人ですべき、最大でも3人でしょ」とホリエモンみたいなことを考えてはいるが、現実的に、そうはいかない。

無駄な時間。無駄と思ってしまう時間。
僕はそれを限りなくゼロにするように動いてるんだけど……

悲しいかな、そのせいで他人から「仕事にやる気があるやつ」と思われることが時折ある。

やる気なんかないから(断言)。


だけど、ありとあらゆる無駄、時間のロスを無くすことには著しい関心がある。
ある種それをモチベーションとしてるフシがあるから、周りとすっげぇズレてることをよく感じる。

そういえばわりとどんな場でも一番にさっさと帰っていた。
多分、生まれつき……そういう気持ちが強いのだろう。

残業指示ですか? 受ければやりますよ、受ければね。貰うもん貰いますが。

……最近は別として、大学の頃なんかは帰った先にやりたいことがあるわけでもないから寄り道ばかりしていたけど。

……。
……奇妙な人生だなぁ、我ながら。
こうなったきっかけとか、それに対する向き合い方とか、いろいろ言いたいことはあるけど論文みたいになっちゃうからやめとこう。

結局、どうすればいいのか。
いっそ徹底して「それそのものが俺の人生だ」って、誇って死ねるように生きるしかないんじゃないか。
俺は世界一不自由だった、故に世界一自由だった、と。

……。
もう少し、時間がかかりそうです。
考えます。

少なくともこのままじゃ一生結婚なんかしないだろうし、同時に一生寂しいままだろうなぁ、と思う。
なんとかしないとなぁ。なんとか。

……そうだ。なんとかするために考えないといけない。
考えるための時間を捻出しよう。そのために……

さぁ、次は何を最適化できるかな?フフッ。

お読み頂き、ありがとうございました。
ではまた次の記事でお会いしましょう。