MistiRoom

旅することと、語ること。自由であること。

ミニマリズムが最強の宗教である

こんにちは、Mistirです。

最近ミニマリズムに目覚めました。

ぼくたちに、もうモノは必要ない。 - 断捨離からミニマリストへ -

ぼくたちに、もうモノは必要ない。 - 断捨離からミニマリストへ -

 

家にはホームシアターもあるし、バイクも持ってるから「ガッチガチにモノを持たないライフスタイル」には程遠いんだけど……
それでも思想的になぞれるところだけなぞって、ゴミ袋25袋分くらい家にあったモノを処分した。
あとちょっと古くなっていたでっかいソファベッドや使っていなかった扇風機、それから本棚も捨てた。

そして気付いた。

……「ミニマリズムこそが、現代最強の宗教の一つである」と。

信じるか信じないかはあなた次第です。
でも、信じる者は救われる……かもしれませんよ?

 

 

モノと同時に捨てるもの

僕は色々な物事を「宗教」呼ばわりするが、基準は結構明確で、「そいつが『信じることで』クソッタレな人生を多少なりとも救ってくれる」ならそれは僕にとって広義の「宗教」なのだ。

ということで、僕はそもそも筋肉教の信者だった。 

mistclast.hatenablog.com

未だに「筋トレが最強クラスの宗教である」という気持ちに大きな変化はない。

かの筋トレおじさん、testosterone先生はこう言った。

一理あるが、筋トレを始めるためには、あるいはジムでひたすらバーベルを持ち上げるためには、どうしても「初動」と言うべきか……とにかく心のチカラが必要なのだ。
多分、継続して続けられる時点で、ある程度心も健康を取り戻している状態だと思う。まぁ本当にメンタルがヤバイなら一度病院に行くのがベストなんだけどそれはそれとして……

僕がモノを捨て始めたきっかけは、正直良く思い出せない。
ボクシングジムに通い始めてみたり、酒をやめてみたり……色んなことを今試しまくっている中で、たまたま目についただけの話だ。
だが……今なら断言できる。

モノを捨てることはメンタルに途方もなく、効く。

モノを捨てることの効能とかそういったことは、色々先人たちが書いてある。

手ぶらで生きる。見栄と財布を捨てて、自由になる50の方法

手ぶらで生きる。見栄と財布を捨てて、自由になる50の方法

  • 作者: ミニマリストしぶ
  • 出版社/メーカー: サンクチュアリ出版
  • 発売日: 2018/05/07
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • この商品を含むブログを見る
 

だけど、あまりにシンプルで身も蓋もない事実については書かれていなかった。
それは筋トレおじさんtestosterone氏に影響されて筋トレ教に入信していた僕だからこそ……気付いたことなのだ。

…… モノを捨てるということは。
自傷行為そのものだ。

捨てる。
思い出を。
あの頃の思い出を一つ一つ捨てていく。
写真にだけ残して捨てていく。このメソッドは先に貼った佐々木氏の本に教えてもらった。

ぼくたちに、もうモノは必要ない。 - 断捨離からミニマリストへ -

ぼくたちに、もうモノは必要ない。 - 断捨離からミニマリストへ -

 

さて、この写真を見てくれ。
 

f:id:Mistclast:20180718230700j:plain

何の変哲もない文具に見えるだろう?
右にある三本の蛍光ペンは、小学生の頃エレクトーンを習っていた際に、先生から誕生日か何かのプレゼントで貰ったものだ。
右から5本目のシャーペン、"クルトガ" は僕が文房具オタクに目覚めるきっかけになった一本で、この一本が僕の受験ノイローゼの幕を開けた、そんな呪いのアイテムなのだ。
そして左側のちょっとずっしりしたシャーペン、クルトガのハイグレードモデル。人生で初めて買った高級(?)グレードのシャーペンは、孤独な受験期の心の支えだったと言っても過言ではない。

ちなみに左上のサルのキーホルダーはバイクを買おうという一大決心をしていた頃、バイク雑誌の付録についていたもので、ある意味僕の人生の転機を象徴するものだ。


……全部。
捨てようとして、今まで捨てられなかったものだ。

それを。
全部。
捨てた。

そうしたら、自分の中から何か大事な物、あるいはずっと抱えていた重いものが、ふっと抜け落ちた気がした。

そこからは早かった。
捨てた。物凄い勢いで、目につくあらゆるモノをゴミ袋に詰め込んでいった。

……いつしか。
「なんら捨てても心が傷まないもの」を捨てることが、ジャンキーな快楽に。「心が多少痛むもの」を捨てることが、背徳的な快楽に変わっていた。

やってみ。ハマるでこれ。
僕が味わっていたのは、明らかに宗教的な何かだった。

筆に感情が乗っている。今実は大分疲れているのだ。許せ。
……なんか今中々にやべーことを書いてる気がするし、過激派ミニマリストたちに路上で刺されそうな気がしてきて少々怖くなってきた。

……僕のことを心配になりましたか?
世界で最も影響力のある百人に選ばれた片付け名人近藤麻理恵氏も、「子供が急にモノを捨て始めると親は心配する」と指摘している。 
僕は皆さんの子供ではないが、最近僕は誰かをママ呼ばわりしたくなる程度には疲れているので、実質読者の皆さんは僕のママである(支離滅裂な言動)。

人生がときめく片づけの魔法

人生がときめく片づけの魔法

 

だが、心配は無用だ。
だってこの行為の果てに残るのは、ただの綺麗で快適な部屋なのだから。


僕は今まで家が嫌いで仕方なかったのだけれど、モノが異様に減った今の部屋は本当に好きで、いつまでもいられそうな気さえする。
バイクで遠くに泊まりに行きたい……「ここから、離れたい」という気持ちも薄らいだ。
自傷の果てに素晴らしいものを得るのは筋トレと同じだが、モノを捨てることは圧倒的に楽で、即効性がある。
……最初に、心をグチャグチャにする覚悟さえ決めてしまえば。その覚悟が、決められるならば……という前提はあるけどね。

「そんなの心が弱ってる人間がやれるか!」っていうツッコミがあるかもしれない。ごもっともです。
最初の一歩を踏み出せるまで、ゆっくり待ちましょう。
あとは片っ端から自分の心を握りつぶす覚悟で、泣きながらでも笑いながらでもあらゆるものをゴミ袋に突っ込んでいきましょう。
……もちろん、僕も捨てられずファイルにまとめたモノとか色々あるので、全てのモノを捨ててしまう必要はない。
「心の中にある『捨てる基準』」を無理やり下げればいいだけだ。
それでも捨てきれないモノは確実に残る。

何より僕自身、最初にも述べたように家にあるものをまだ全然処分できていない。その上、家宝のホームシアターやバイクを手放す気がないので、実のところ僕はミニマリストでもなんでもなく、「ミニマリストの表層部分を参考にした部屋が綺麗なおじさん」だ。

それともう一つ。
ここまでミニマリズムを絶賛しておいて。
ここからは余計なお話。

……実のところ、僕は「ミニマリスト」という存在の一部には懐疑的だったりする。

そもそもモノを捨ててどうやって生きるの?

色々なところで指摘されている事実。
「貧乏な人の家にはモノが多く、金持ちの家にはモノが少ない」。

映画『万引き家族』で描かれていた、万引きを繰り返す一家の家は、これでもかというほど雑然としていて、モノが多い。
……僕が過去住んでた家とそっくりで泣きたくなった。

金持ちが何故モノが少ないのかというと、僕は結局のところ、彼らには(少なくとも金銭的な意味合いでの)「不安」がほぼ無いからだ、と思う。
何故モノを無用にストックするのか?
「不安」を相殺するためだ。
そうして無闇にひたすらストックだけ増やしていたら、管理能力も磨かれず、家はひたすら永遠に使われないモノの山に埋もれていく。
そんな悪循環が、貧乏な人間の家にはあるのだと思う。

そう、「管理」
その面倒臭さ、思考、人的リソースの必要性。

結局のところ、そういった面倒くさいもの、そいつら全てを「カネの力で」「外部委託する」ことこそが「ミニマリズム」の本質だったりする。

「欲しいものはまた買い直せる」という安心感なしにモノを捨てるのは、中々厳しい。

……たまに20代で隠居した大原扁理氏みたいに「野草取って食べて生きてます」みたいな例外、つまりガチで資本主義的価値観とちょっと距離を置いたミニマリストもいるけど…… 

年収90万円で東京ハッピーライフ

年収90万円で東京ハッピーライフ

 

まあ大原氏は置いといて、誰とは言わないけど「資本主義から距離を置くため」みたいな視点でミニマリズムを語ってる人には、「資本主義の究極形態でしょ、ミニマリズムって」と皮肉の一つ二つ言いたくなる。
我ながら性格が悪い。
念のため言っておくと、別にどう生きようが個人の自由で、幸せならベストなのだ。ただ「ミニマリズムはエコだよ」という考え方にちょっと違和感があるだけだ。
……本気でミニマリズム徹底してると、だんだん自炊の割合も増えてきて、本当にエコになってくることはよくある話みたいだけどね。

それともう一つ。
異口同音にミニマリストたちが「ミニマリズムに目覚めると、周りの目が気にならなくなる」って言ってるけど、……
身も蓋もないことを言ってしまうと、それ「◯福の◯学に入信したら周りの目が気にならなくなりました」って言うのと何一つ変わらないと思う。
要するに自分のスタンスと立ち位置を決めたから気楽になったってだけでしょう。

もちろん、分かってて言ってるのなら全然構わないのだけど……例えば「ミニマリストに目覚めたらモノで自分を飾らなくなるから周りの目が気にならなくなる」っていうようなことを言ってる人には、「いや、めっちゃ飾ってますやんw」って言いたくなってしまう。飾らないという、究極の飾り。最大の防御にして、最大の攻撃。
……我ながらとても性格が悪い。

……と、つらつらと書いたが、実のところ結局はどうでもいいことなのだ。
何故なら「ミニマリズムは最強の宗教」だから、どんなスタイルで入信しようが、信じてさえいれば適当に幸せになれるのである。多分ね。

……あ、一応一点注意を。
服が好きな知り合いは、服を捨てまくって大いに後悔したそうだ。
ミニマリストがたまに言う「捨ててもあまり後悔しない」はあてにならない。ご注意ください。
多分僕のように「モノをうっすら憎んでいる」「重荷と感じている」人には向いてる、それだけの思想なのだと思う。

そういえば先に紹介した佐々木氏も指摘しているのだけれど、ミニマリストには「モノに本当に興味がない人」と、「モノがとても好きな人」がいるらしい。

僕はハイブリッド型で、嫌いなモノは割と憎んでいるが、好きなモノは徹底的に愛するタイプらしい。
文具を一時期偏愛していたのは、その辺りの性格も影響していたのかもしれない。

mistclast.hatenablog.com

一本のボールペンをそこまで憎めるの、今考えると結構凄いと思う。
……いや、今思い出しても憎いわw

詳細は過去記事をお読みください……

ということで、僕の「モノに対するこだわり」に関しては改めてお話させていただこうと思う。
いずれ、ね。

お読み頂き、ありがとうございました。
ではまた次の記事でお会いしましょう!