Minakami Room

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金魚の放流は、何故あってはならなかったのか

こんにちは、Mistirです。

いつもはブログで語りたいことを語っているのですが、今回はちょっと事情が異なりまして……
結果的にですが、今回私が少なからず原因となり、大阪府泉佐野市が伝統的に続けている「あるイベント」が中止されることとなりました。

以下のような流れです。

  1. 私が7/15(金)に以下のようなツイート

    f:id:Mistclast:20160718135618p:plain

  2. 猛烈な勢いでTwitter上で拡散

    f:id:Mistclast:20160718135714p:plain

  3. 『ねとらぼ』等のニュースサイトやハム速などのまとめサイトでまとめられる

    nlab.itmedia.co.jp

    ※ハム速に関しては後でリンク貼ります。
    正直呆れました。

  4. 泉佐野市に問い合わせが殺到
  5. 泉佐野市が金魚放流イベントを中止し、金魚の配布に変更することをFacebookで報告

……という流れです。
このようなまとめもされており、

togetter.com

様々なトコロで問題にされていたようですが、一連の騒動に私のツイートが大きな影響を与えていたことは間違いないと思われます。

混乱を避けるために泉佐野市が中止を発表した時点で、私は関連する拡散されていたツイートを削除いたしました。
最初のツイートと合わせて、私は以下の様な指摘をしていました。

ごく単純化すると、
1.そもそも金魚は自然界で生きることを想定していないため、自然界に放しても餌にしかならず、虐待でしかない
2.人の手で育てたものがネズミであれ犬であれ金魚であれバッタであれ、自然に放った際の影響は計り知れない
主にこの二点が大問題。

今思うと、問題点の1と問題点の2には非常に大きな差があり、 問題点2の方が問題としては圧倒的に大きいため、このツイートは非常に混乱を招いてしまった気がします。

たくさんの批判がございました。
某大手掲示板では、Twitter民が正義感から暴走して伝統を終焉に追い込んだ」という旨でスレが建てられ、私のツイートも晒されていました。


この記事の目的は、
泉佐野市の金魚放流イベントは、なぜ問題なのか」を、極めて詳細に、誰にでも伝わるようにまとめることです。
また、私自身のツイート自体にもあった問題点や、たくさん寄せられた「疑問」や「批判」にも可能な限り答えることを目的としています。

泉佐野市の非常に賢明なご判断には感謝の極みですが、一方……
「ネットで声の大きな人が騒いだから行政が一つの伝統行事を中止した」
という構図のまま、この問題が収束してしまうことに非常に大きな危惧を抱いております。

私がネットクレーマーと呼ばれるならば、それはそれで構いません。
でも、この問題の「本質」は決してそんなところにはないのです。

結果的にとはいえ、一つの「伝統」を終わらせる引き金を引いたものとして、ここで可能な限り私の認識をお伝えすることが一つの責務であると考えています。
お付き合いいただければ幸いです。

……と。堅苦しく書きましたが……

ある程度気楽に読めるように書きたいと考えています。

ここからはやや砕けた形で書きますが、ご容赦下さい。

……と、その前に。
こちらの記事、

asay.hatenadiary.jp

非常に素晴らしくまとめられておりまして、私が語ることは何もないくらいです。

ここからの内容は上の記事と被る点も非常に多くあります。
ご容赦いただければ。

では、長くなりますがお付き合い下さい。

 

1.金魚の話

さっそく本題……!
とは行かず、まず「金魚って何なの?」っていう話をします。
……知っとるわい!
って言われてしまうかもしれませんが、案外実はコレが難しい。

金魚についてある程度知っていれば、この先の話は大幅に分かりやすくなります。
お約束します。
そのため、できることなら……読み飛ばさず、お願いしますね。

まず、そもそも……
金魚は、フナを改良して「創られた」、自然界に存在しないお魚です。

皆さんが金魚掬いでよく見かける「金魚」は、その中で最も改良元のフナに似ている「和金(ワキン)」と呼ばれる金魚です。

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※画像は基本的にwikipediaより引用しています

で、フナがこちら。

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そっくりですよね?

で、金魚掬いですくった金魚を持って帰って、
「俺、和金飼ってるんだ〜」って金魚好きの友達に言ったらダメです。
金魚好きの友達、混乱します。

……というのも、金魚掬いでよくみかける先程の写真の金魚は、「小赤」と呼ばれてホームセンターやペットショップで一匹20円ほどで大安売りされています。

ぶっちゃけ、ペット用というよりも、アロワナみたいな大型魚観賞魚のエサなんです。

「和金」と明確に呼ばれるのは、このようなキレイな柄、特徴的な三尾の尻尾を持ったものに限られることが多いです。

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※引用元

petomo.net


この「小赤」と呼ばれる金魚は、金魚の中では比較的「強い」金魚です。
一方、皆さんがよくご存知、色々なトコロでイラストとして見たことがあるこんな金魚……

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琉金(リュウキン)」と呼ばれる金魚ですが、こいつらと比べると小赤は強いです。
一緒に泳がせると、「小赤」の運動能力が高くて、エサを取れなくて弱ったりしちゃいます。

とはいえ、金魚は全体的に「強い魚」ではありません。
こんな真っ赤な生物が自然界にいたら……それこそ、良いエサですよね。
ましてリュウキンのようなずんぐりむっくりの金魚ならなおさらで、逃げることもままならず大きな魚のエサになってしまったり、流れに流されていってしまったり……

要するに、金魚は「ペット専用(エサ専用)」のお魚なんですね。

動物で言えば、ブルドッグなんかに近い。

ブルドッグ - Wikipedia

この時点で「放流」という言葉とは非常に縁遠いお魚であることがお分かり頂けたでしょうか。
……さて、ここまでお付き合い下さりありがとうございました。ここまでの知識があれば、この先のお話が少々しやすくなります。

では、本題に入りましょう。

2.私のツイートと、金魚の放流が「何故いけなかったのか」という話

 さて、私のツイートに戻りましょう。

ごく単純化すると、
1.そもそも金魚は自然界で生きることを想定していないため、自然界に放しても餌にしかならず、虐待でしかない
2.人の手で育てたものがネズミであれ犬であれ金魚であれバッタであれ、自然に放った際の影響は計り知れない
主にこの二点が大問題。

このツイートも非常に多くの方に共有され、問題の中心点となってしまったように思います。

さて、まずは1から。
有名なニュースサイト、ねとらぼのタイトルにもなってしまいました。
nlab.itmedia.co.jpコレを見たとき、私は正直「しまった!!」と思いました。
ツイートをした後既に「問い合わせるならば『問題1はまあ良いとしても、2はどうなんですか?』という論旨で問い合わせよう」と決めていましたが、時既に遅し……


先程言いましたとおり、「順番が逆」でした。
問題の2と1は天と地ほどの隔たりがあります。
1はあくまでも感情的な問題、2はもっと大きな枠組みでの問題です。
ゆっくりと考えていきましょう。

問題1は、問題2とは比較にならないほど小さな問題とはいえ、気持ちの良いものではありません。
説明したとおり、金魚は野生に存在する魚ではありません。
つまり、川なんかに流したら……あとはエサになるのを待つか、流され死を待つだけです。

発端となっていた画像

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を見る限り、おそらく人の手に捕まえられずに残留するor流される金魚も多々発生していたことと思われます。

私がこの問題を1番に上げてしまったのは、なまじっか私が「金魚好き」であって「金魚を野に放すなんてとんでもない!」という考え方が身に沁みついてしまっていたからでもありました。
その理由に関しては、先程ご説明したとおりです。

そのため、以下の様な疑問(批判)を多く投げかけられました。

Q.じゃあ金魚掬いはどうなんですか?虐待じゃないんですか?

この疑問は非常にまっとうな疑問だと思います。
昔、私も「金魚掬いは虐待じゃないのか?」と思ったことはありました。
ただ、上にあるように……金魚掬いの中心となる金魚、「小赤」は……
そもそも、エサ用なんですね。
ということで、「エサ用になっている金魚が、夏になると変わった経路で家庭に運ばれる」っていうイメージがありまして……
要は個人的に「虐待じゃない」って結論になっちゃってたんです。ナチュラルに。

「じゃあエサ用ならば野に放したら救済になるんじゃないか?」と言われたら、私には反論ができません。
※いや虐待だろう、と思うことは思うのですが、それはペットとして水槽で飼うことが虐待ではないのかという問題に繋がり、滅茶苦茶難解な問題です。
結局のところ、1はある程度感覚的な問題でしかないんですね。

例えば、ペットショップで買った犬を殺す。
これは問答無用の「犯罪行為」ですが、金魚を買って殺そうが「犯罪行為」にはなりません。
結局のところ、人間の感覚として「そんな残酷なことは問題だ!」という形でしか問題にしかならないのです。

「金魚掬いは伝統だからOK、金魚放流はNG」というのは、「金魚の虐待」という観点で切り込むには少々分が悪い気はしています。
まぁこの件は「自然界で育つ前提にないものを自然界に放つのは虐待か?」に対して、その人がどういった印象を持っているかでイメージが大きく異なるものなのかもしれません。

この件に関しては「1番目の問題に持ってきた私に落ち度がある」という事実で終わりにさせてください。
歯切れが悪く、申し訳ございません。


私が「もっと大きな枠組の問題」と考えている2番の問題に入りましょう。
こちらがこの記事のメインになります。

2.人の手で育てたものがネズミであれ犬であれ金魚であれバッタであれ、自然に放った際の影響は計り知れない

どうやら、この「計り知れない」という言葉の認識レベルに、大きな隔たりがあるようでした。

言葉通り、本当に「計り知れない」んです。

有名なところだと、
ブラックバスが日本固有種の魚を食い潰して、生態系が大きく変化した」という辺りが有名な話ですよね。

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この問題が非常にイメージしやすいのは
「日本に元々いた魚が食べられて、絶滅する!」
という、非常にわかりやすい構図があるからです。

多分、誰でも「日本固有の魚がアメリカの強い魚に食べられて絶滅する!」ってなると、それが「マズい」ってのは薄々感じられると思います。

他にもわかりやすいのは「ハブとマングースの件でしょうか。

マングース、ハブ退治裏目に

↑のページが詳しいですが、ハブを退治するために連れてこられたマングース……
それが、沖縄の固有種を食べまくってるわけですね。
ハブ食べずに。
そりゃそうですよね……怖い蛇となんか派手な鳥の肉だったら鳥の肉食べたいですよね。
こんなこともわからなかったのか!昔の人!
……と言いたいトコロですが、後の祭りです。

さて、ここまでは「固有種を食い潰す」の話をしましたが、他にもわかりやすいのが
「農作物への食害」です。

非常にわかりやすいのが、アライグマですね。

アライグマ - Wikipedia

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ラス◯ル!!!
可愛い!!

……でも、やっぱり畑の農作物を食べることにより農家の方々に影響を与えているわけです。

……。

……さて。
ここまで。
「わかりやすい例」をご紹介いたしました。

あくまでも、「わかりやすい例」です。

ここで、以下の様な疑問を持たれた方もいるかもしれません。

Q1.金魚みたいな魚は別に問題ないでしょ

Q2.超温和な生き物ならいくら逃がしても大丈夫だね!

 ……これが、全然良くないんですね。

ここまでに例として挙げたものは、あくまでも比較的「短期的な」デメリットが目立つものです。
「固有の種類を食べちゃう、ヤバイ!」
それは非常にわかりやすい一方、「その地域にもともといない生物をその地に放つ」ことの本当の恐ろしさを覆い隠すものでもあります。

この点はいわゆる「生物好き」と「そうではない人たち」の温度差が非常に大きく出るものなんですね。

これを見て目を疑うかどうか。
そこには大きな差が存在する。
でも、知らなければ、知ればいいだけです。
それだけの話なので、この件もゆっくり考えていきましょう。


例えば、以下の様な事例があります。
論文です。

日本の港周辺における遺伝子組換えナタネの野生化と環境への影響 Masaharu Kawata(河田昌東) http://www.ensser.org/uploads/media/2.2-Kawata-JP.pdf

当たり前ですが、遺伝子組み換えナタネは「強い」ですよね。
【追記】
遺伝子組み換えの農薬耐性のあるナタネでも「強い」とは限らないそうです。ただたまたま「混在してしまった」ことが問題の根源であると。訂正いたします。
【追記ここまで】
このナタネが、もともと存在していた日本固有のナタネの居場所を奪ってしまう。

他にも

京都市:第1回 外来種中国産オオサンショウウオ対策検討会の概要

京都を中心として、外来産オオサンショウウオと在来種のオオサンショウウオの交雑について問題にされ、調査されています。

ここで以下のような疑問を抱かれた方がいらっしゃるかもしれません。

Q.別にオオサンショウウオって絶滅危惧種が交尾して増えるなら、良いことなのでは?

例えば、「国産」オオサンショウウオが何代にも渡って「中国産」オオサンショウウオと交わり続けたとします。
さて、「国産」オオサンショウウオはどうなるでしょう。

はっきり言います。
絶滅です。
消え去るんです。
この世から、永遠に失われます。

その点においては「外来種から食べられることにより」消滅することと、何ら変わりがないんですね。

※以下、ほんのちょっとだけ高度な話

Q.でも、トキって中国産のトキと交雑したよね?

はい、その通りです。
……が、これはいわば「抜き差しならない状況で、人間が意図的に生態系に介入した」一例なんですよ。
いい機会なのでこのまま語ってしまうと、たまにあった

Q.金魚の放流に文句は言うのに蛍の放流や鮎の放流には文句は言わないのか!

という問いには、同じ解答が出来ます。
抜き差しならないかどうかは別として、蛍の放流は「減った蛍を(観光資源としてorその他の目的として)補充する」という、いわば「積極的な生態系への介入」なんですね。
また、鮎の放流も同じ。「経済活動を目的とした積極的な生態系への介入」です。
この話は難しいので、後で丁寧に触れますね。

……さて、話を戻しましょう。

「この世から永遠に失われる」。
この時点で「ヤバイ!」って思われる方がほとんどなのですが、たまにこういうことを言う人もいます。

Q.それの何が問題なの?弱肉強食だし、そもそも人間が外来種(大陸から渡ってきた)だし、どうせ滅びるんだから守ったトコロでメリットないんじゃない?

白状しましょう。
僕も、一時期コレに似た考え方を持っていたことがあります。
でも、この理屈に関しては2つの観点から反論できるんですよ。

1.リアルな「人間の問題として」の観点
多分上のような疑問を抱かれる方は「理屈派」な方が多いと思います。
なので、「理屈として」「実際的に」何がマズイかのお話をしましょう。

さて、「生態系」というものは本当に不思議なもので、絶妙なバランスの上に成り立っています。
その中には「お前何か間違ってるだろ!!!」という生物がたくさんいるんですね。
例えば、初めて聞いた時笑っちゃったこのウミヘビ。

クロッカーウミヘビ - Wikipedia

食性は動物食で、ハゼのみを食べる。
分布が極めて限定的でハゼ1種のみを食べることから、環境の変化による絶滅が懸念されている。

……お前、バカなのか!?
そう言いたくなっちゃいますね。

そう、世の中には「ハゼしか食べない」ような生き物がいて、そのような「人間の想像もつかないような食生活を基盤とした」生物が、絶妙なバランスを取って生きているわけです。

少しだけ、想像してみましょう。
このクロッカーウミヘビが絶滅したら……海はハゼまみれになってしまうかもしれませんよね。
そして、ハゼという奴らはなんでも食べるお魚です。
ここである事実が判明します。
クロッカーウミヘビの生息するソロモン諸島は……なんと、ウナギの稚魚の産地だったのです!

こうしてウナギもクロッカーウミヘビの絶滅後まもなく絶滅し、我々の食卓に登ることは永遠になくなり、我々はアナゴを食べるしかなくなりました。
そしてアナゴもまた、日本人のアホな漁獲によって絶滅したのです……

と。
このように妄想トーク(全てフィクションです)をしてみましたが……何が言いたいって、「ホントに何が起こるか分からない」んですよ。生態系へ介入することで、めぐりめぐってどんな影響があるか本当にわからない。

私の妄想に現実味がなければ、以下の記事を読んでみてください。
サンゴが「絶滅」することでどれだけの損失が生まれるか計算されています。

www.from-ishigaki.jp

誰も「生活排水が海に流れ込む」→「サンゴをエサにするオニヒトデが大量発生」なんて、想像つかなかったハズです。

以下の様な疑問(批判)が非常に多かったのですが、

Q.批判するならデータを出せ。統計を取れ。

この批判に関しては、最初に引用させていただいた素晴らしい記事で、ズバリ解答があります。

asay.hatenadiary.jp

→検証の主体が逆です。本来は、放流する側が、調査結果や有識者への相談などの根拠を揃えて「影響がないと思われる」と検証しなければなりません。また「金魚の放流」という点で既に悪影響は容易に予測されるため、なお放流しようと思うのであれば、これら指摘に対して答えるべきでしょう。

素晴らしく明確な解答です。
……が、別方向から少々語らせて下さい。

この批判……つまり、「データを出せ」という類の批判に関しては、「生態系」に関しては的外れと考えています。
ここで言うデータとは「ある地域である種が帰化して、在来種に影響している」といった、生物学者の方々が様々な調査で残した大きな「データ」ではなく、「このイベントがどれだけその生態系に影響を与えたのか」という狭い枠組みでの「データ」です。
で、そのような狭い意味合いでの「データ」は……
「出てから動くのでは、遅い」んです。
もう忘れている方もいらっしゃるかもしれませんが(私も忘れかけていました)、そもそもこの記事は「金魚を放流すると何が起こるか」という話でした。

Q.データとしては育てられた金魚に病原菌も無いことは明らか、それに食われてすぐ死んじゃうんでしょ?

生態系とは、カオス(渾沌)です。
そのカオスの中に新たなる生物を投げ込むことは、どのような形であれ、「リスク」です。

とりわけ金魚の場合ですと、
1.もともと存在していたフナと交雑する恐れがある
2.「たまたま」生き延びちゃって、そこで繁殖しちゃう可能性がある
この二点が大きい。

1の場合、地域固有のフナの遺伝子が汚される恐れが。
2の場合は既存の生物がエサにしていたものを食いつぶしてしまったり、それこそダイナミックに巨大金魚が在来の小魚を食べてしまう可能性があります(金魚は雑食です)。

Q.お前、金魚は野に放してもすぐ死ぬ言うてたやん!!!

ごもっとも。
でも、「いろいろな要素が重なり」、生き延びてしまう可能性は十分にありえます。
とりわけ……
そう、こいつ。

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「小赤」。大きくなると「姉金」と呼ばれるこいつは……金魚の中でも「最強」のこいつは。
実際、オーストラリアの公園で繁殖しています!

karapaia.livedoor.biz

巨大化した金魚や鯉は、オーストラリアの固有種マーレーコッドやピグミーパーチなどを襲うようになった。 

コレ以上の「データ」は必要ないでしょう。
固有種を襲い始めてからでは、遅いのです。
それからは対策の取りようがないんです。

生態系は、壊すのは一瞬、修復には本当に手間がかかります。

Q.え?でも40年間続いて大丈夫だったわけでしょ?それが大丈夫っていう証拠でしょ

生態系は、ホメオスタシス(恒常性)という性質があり、一定に自分自身を保とうとしています。高校の知識ですね。
……でも、「保とうとしている」ということは……?

そう、ゆっくりと変化しているものなんですね。

当然の話です。
20世紀の河川と21世紀の河川は、全くの別物です。

10年間影響のなかった行為が、11年目に影響が出てしまうかもしれない。

 Q.なんだ、このブログ書いてる人も20世紀と21世紀で『生態系は変わってる』て認めてるじゃん。じゃあ金魚が繁殖しようがいいよね?

私の立場の問題ですが、このグローバル化時代、「変わってしまうものは、仕方ない」と考えています。
現実的に、人間が「生態系破壊」という「毒」を撒き散らすことは避けられないことかもしれません。
でも、「だから幾らでも毒を撒き散らしていいよね!」という話になるでしょうか?
今回の問題の核心はここにあると考えています。

さて、一点目の解答、
1.リアルな「人間の問題として」の観点
に関しては語り尽くした感がありますが、最後に一点だけ。

Q.40年間続いたイベントなら、生態系は再構築されてるんじゃない?ここで金魚放流をやめることで「生態系に逆に影響」するんじゃないの?

正直、考えたことのない発想だったので戸惑いました。
本来自然にいないものを放流し続けた結果生まれたものが、固定した健全な「生態系」となると、そう解釈する発想がありませんでした。
なので、ツイッター上で力をお借りしました。

 すると、非常に納得の行く解答を頂けましたので、そのまま引用いたします。

まず「生態系が安定している」という根拠はあるのか疑問です。生態系の安定の定義も曖昧だと感じます。放流後に安定しているように見えたとしても、金魚が元の生態系に入り込んでいるとしたら、その時点で生態系は改変されたと言えますし、金魚は何かしらの生物のニッチに介入したはずです。安定しているように見えるなら、金魚は侵略的な外来種とは言えないにしても、生態系を改変したわけですから、対策は必要なのではないでしょうか。

最も納得の行く解答でした。
私が語ることは無いくらいなので、次の話題に進みたいと思います。


2.そもそも、「人間の実利」として問題を捉えるだけで良いのか?という観点

とんでもなく長くなりましたが、私が話題にしているのは、以下の疑問に対する解答です。

Q.それ(生き物の絶滅)の何が問題なの?弱肉強食だし、そもそも人間が外来種(大陸から渡ってきた)だし、どうせ滅びるんだから守ったトコロでメリットないんじゃない? 

ここまでは「人間にとって」どれだけヤバイか、という観点から語りました。
でも、そこまで「人間のメリット」だけを考えることそのものに私としては「メリット」が見いだせないのです。
文化を守ること。
伝統を守ること。
自然を守ること。
これは、もちろん「メリット」として捉えることもできます。
言語化することも出来ます。
「この伝統が潰えることによって、職を失う人が……」
でも、本質はそこにあるのでしょうか。

私は、そこに本質は無いと考えています。

結局のところ、そういった「大きなモノ」を守ることには、言葉では表せない何かがあるのです。

Q.でもお前のツイートで伝統が消えたよな?

そうかもしれません。
でも、「伝統を守る」ということは、「何があっても変えない」ことではないはずです。
生態系への関心が増し、環境問題に関して僕らが繊細であることを求められる21世紀に、「金魚の放流」というイベントはたくさんの問題を抱えていました。
あたかも前向きな印象をあたえる「放流」という言葉ですが、決して前向きな印象を持ってはならない行為です。「金魚を野に放つ」ことに大義名分は、何一つありません。
「子供たちに自然と金魚に触れる機会を与えられる」伝統の骨子は、必ず守り抜けると考えています。
※ここまでのことをした私が偉そうに何を言えるのか、という問題は保留させて下さい

一方、生態系にも全く同じことが言えます。
「生態系を守る」ということは「生態系を一切変えない」と同義ではありません。
だからこそホントウの意味合いでの「放流」がある。先程も述べましたように「鮎の放流」は、人間にとって都合の良い生態系に近づかせるための積極的な生態系への介入です。
鮎の放流と言うと良い印象がありますが、実はコレも「手放しで褒められる」ことではありません。
あくまでも「自然の一部を『間借りして』介入『させていただいてる』」わけです。
僕らに必要なのは、その意識です。

変えさせて、頂いている。

そこを忘れた時に……忘れた頃に、しっぺ返しを食らうのが、僕ら自身ってことです。

ガラパゴス諸島の悲劇が分かりやすいですね。

gucchoi.com

もっと分かりやすいのが、まさに日本のトキでしょうか。

kids.gakken.co.jp

しっぺ返しとして、僕たちはもうホントウの、日本だけの「朱鷺色」を見られなくなってしまったわけです。

でも、今の僕らにはこんなこともわからなかったのか!昔の人!」と言われないために身に付けた、知識がある。知恵がある。
そういった知識も知恵も、フル活用することは難しい。
僕らにできるのは「いつか痛い目に会うかもしれないのだ」という認識だけかもしれない。
それは本当に……大事なことなのです。
そんな、ほんのわずかなことが。

3.まとめにかえて

hamusoku.com

コレを読んだとき、正直、ショックでした。
ああ、このような認識の人も多いのか、と。

多くは語る必要はないでしょう。

同時に、怖かった。
自分のツイートにしても、この『ハム速』というサイトにしても……ここまでの影響を及ぼしてしまうものなのか、と。

この件もふまえて、私のツイートの反省点を。

最初に述べましたとおり、「金魚の虐待」を1番目の問題に挙げた私のツイートはたくさんの方に誤解を与えてしまったと思います。
そして同時に、最初に写真を見た時に「コレは問題だ!」と思ってツイートしたわけですが、もしかすると「非常に区切られた区画で限定的に、かつ生態系へ影響が無いように極めて細かい配慮で行っていた」可能性もあったわけです。

一方、最初のツイートが完全に「間違っていた」と思ってしまうことは、大きな決断をしてくださった泉佐野市に対して失礼だと考えています。
なので、私なりの「釈明」としてこの非常に長い記事を書きました。
釈明になっていないかもしれません。
が、今の私には私の行為が正しかったのかどうか判断がつかないのです。
このブログは、そのような自分の態度への「けじめ」です。

長くなりましたが、改めまして、泉佐野市の皆さんに大いなる感謝をいたします。
ありがとうございました。
また、ここまで長い記事をお読みいただいた皆さん、たくさんの情報をくださったフォロワーの皆さんにも感謝申し上げます。
本当にありがとうございました。

また、この記事はあくまでも専門家ではない、一人の魚好きが書いた記事です。
誤りが多数あるかもしれません。その場合は修正いたしますので、ご一報を。

重ね重ね、お読み頂きありがとうございました。

【追記】
再開されましたね。
問題点は上手くメディアでは報道されていなかったように感じます。今は非常に多く思うことがありますが……もう語りきったはずなので私は黙します。