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MistiRoom

それでも僕は何かを語るんだ。自分が納得するために。

今村大臣の会見に思うこと

こんにちは、Mistirです。


さて。早速タイトルの件。
最近ラフな記事ばっか書いてたんですが……

怒ってます。

……今村大臣も怒ってますけど、なんていうか。
僕が、怒ってます。

基本的に、政治のことは語りたくないです。
政治って、どんな極端なことを語っても……否。
むしろ、極端なことを語れば語るほど、敵も味方も増えます。
それが政治の本質です。本質的に、中立ではあり得ない。
僕は、味方は増やしたいけど、それは敵を増やしてまでも、っていうものじゃない。
敵を増やすのであれば、政治以外のトコロで曲げられないことを語って増やしたい。

それでも、語らせてください。
怒ってるんですよ、僕は。

 

「よくある話」

ガッツリ語ろうと思ってたんですけど、もう大体言いたいこと、ブログに纏められてたり、ツイートされたりしています。

特に的確なのがこの記事。

kyoukai.xyz

で、この記事に対してみやぞう(@miyazo )氏がこうツイートしている。

言いたいことは、大体もうこの2つに纏まっている。

だから、その先にあることだけを言おうと思う。
結論から言ってしまうと、これは「よくある話」だ。
エライ政治家の失言。センセーショナルに取り上げるマスコミ。
本当に、下らない。
「よくある話」。


そんな「よくある話」に対して。
僕は、そんな話がそのまま存在してはならないと思っている。少なくとも、今の時代では。
……それが、僕の怒りの実態だ。

メディア・リテラシー」だのなんだの、難しい横文字は色々あるけれど。
こういったニュースに対して求められるのは、

「あれ、おかしくない?」という感度だ。

ごく簡単に言えば、「疑うこと」

そもそも、変だろう。
大臣が会見中に怒り出す、なんて。
「怒った原因」があるはずだ。

もちろん「大臣が声を荒げる事自体が普通のことじゃない」という方向性で批判することは可能だし、筋が通っている。

でも、その前に「おかしいぞ」と思うことはものすごく大事だ。

まず、「おかしいぞ」と思うことについて。
「大臣が声を荒げた」。
これが、「事実」だとする。事象のスタートラインだ。
スタートしたら、考える。
「声を荒げるなんてとんでもないですね」。その瞬間、全ては終わり。
僕は、終わらないことを選ぶ。

「大臣が声を荒げたとしたら、荒げたような何かがあったのだろう」。
ここで終わることも出来るけど、終わらずに突き進むこともできる。
もう一度。僕は、終わらないことを選ぶ。

実際に、僕も文面だけでなく、動画で記者のインタビューを聞いてみる。
大臣も弱いなぁ、と思う。
でも、やっぱり記者の聞き方には露骨な論理の誘導を感じたし、それに非常に大きな苛立ちを覚えた。そんなものをジャーナリズム扱いしないで頂きたい。
けれど一方で、今村大臣側を非難する方の気持ちも分かる。そんな会見の運びだ。

また、この問題は前提条件の「自主避難」をどう捉えているかにも非常に大きく左右される問題なので、客観的に語るのは難しい。

僕は僕なりに結論はあるんだけど、ここで語るのは目的じゃないから保留しておく。
ただ、これだけは表明しておきたい。
「記者の態度は、明らかに失礼だと僕は思う」


そろそろ、僕の語りたいことに移ろう。
話を戻そう。僕の怒りについて。

バカにするな / バカにされるな

マスコミの構造上、記者は「権力を怒らせたら勝ち」だ。

権力が怒れば、センセーションだ。
話題になって当然。
テレビで放送すれば、視聴率は取れる。
記者自身は安全圏にいる。
テレビは記者の態度はほぼ抜粋でしか放送しない。当然だ。「時間の都合」がある。

でも、これでいいのか?

おかしくないか?

何故、さっき「記者の態度は失礼だ」ってことを、僕は明言したのか。
それは、「怒らせたら勝ち」という記者の立ち位置が、あまりにも「有利過ぎる」からだ。

言い換えれば、記者特有の利権だ。
上手く誘導して、怒らせたら、大勝利。大手柄。
で、その仕組みを支えてるのは誰だ?

僕ら、大衆だ。

腹が立たないですか?
僕らが、食いつくから。「大臣が怒った!」っていうキャッチーなテーマに踊らされる、僕ら大衆がいるから。だからこそ、誘導尋問じみたことをする記者が現れる。

僕らは、それに対して「厳格な審判」を下す必要があるんじゃないか?

有利な側に対して、厳しいジャッジを。僕はそう思う。
……でも、有利な側ってどっちなんだ?
大臣か?記者か?

今回の件に関しては、記者だろう。
「失言を導き出せば勝ち」。そんな場に持ち込んでるんだから。
一方の記者は「負けることがない」。大臣と違って、批判の矢面に立たされることは、まずない。

だったら、記者のやっていることに厳しい判定を下すのは当然だろう。
……ただ、一方。このロジックには問題もあって、「国を預かる大臣の発言には、一介の社会人に過ぎない記者と同レベル以上の繊細さが求められていて、それを考慮できなかった大臣は批判されて当然」というロジックも筋が通っている以上、なんとでも言えてしまう。そのロジックについても、僕は批判する気はない。

僕が批判したいのは。
僕らが、餌を投げ込まれた魚のように餌に食いつくことで、メディアの支援を間接的にしちゃうことだ。
とりあえず雑に非難する、その態度だ。

※さっきから一人称を「僕ら」にしてるけど、それには明確な理由があって、「俺は大衆とは違って疑いの目線を持っている」って思った瞬間に、大事なものがすり抜けるからです。
僕自身もどこかで確実に「捻じ曲げられた情報に食いついてる」っていう「疑い」を抱いて、この文章を書いてます。僕は今回たまたま「疑い」からスタートできたけど、その網をくぐりぬけてるものはたくさんあると思う。


腹が立たないか。
バカにされてるんだぞ。
「マスコミっていう権利者が負けることは絶対にないゲーム」に、加担させられてるんだぞ。

今は、一体どんな時代だ。
ネットというメディアが勃興して、何年経ってるんだ。
そりゃ、僕も「ネットに真実がある」なんて考え方には加担したくない。
だけど、その気になればいくらでも「キャッチーな情報」の裏にある「おかしな話」に……そう、いくらでも、いくらでも気付けるのだ。そんな時代なんだ。

かつて、「女子大に男子が入れないのは違憲だ」と主張して、裁判を起こした方がいた。

alltag.hatenablog.jp

この件だってそうだ。明らかに「変だ」って思う。だから、「疑う」。
何が裏にあるんだ?
調べたら、一瞬で出て来るあらゆる事情。
それを知ると、気軽に原告の方について語ることなんて、できなくなる。
結構、この問題は深刻だ。原告の方が訴訟を取り下げられたことは、正直残念に思っている。

閑話休題
そろそろ締めよう。

僕らが踊らされたら、踊らされただけ、マスコミは「キャッチーなもの」だけを選ぶようになる。
「マスコミにとっての勝利」は、「真実」じゃなくなる。
「派手さ」と「パッと見のオモシロさ」それだけ。

腹が立たないか。
僕は、腹が立つ。
だから、疑う。疑って、調べる。
怒りはそっちに向けよう。
餌を投げ込まれた魚のように、「あり得ない!」と、「とりあえず」怒るのはやめよう。
怒りこそ、冷静に。
冷静に、怒ろう。

余談

僕はずっとずっと前に「ネトウヨ」の消失っていう記事を書いた。

「ネトウヨ」の消失――これからの「自由」の話をしよう:MistiRoom - ブロマガ

今後はネトウヨなんて言う言葉が死んでいくんじゃないか、っていう話だ。
今思うと大分ふわっとした記事だけど、ご容赦いただきたい。

結局、それは現実となった。ネトウヨっていう言葉はほぼ死語になりかけているように思う。
※同時にいつからか「パヨク」って言葉が生まれたけど、僕はこの言葉について「いまいちセンスが無いと思う」以上に言いたいことがないです

僕は、思うのだ。
今、左派と言われてる人も、右派と言われてる人も、やってることは同じ。
「権力に対する批判」だ。

左派はこれまで通り「権力とは政権だ」と思ってるけど、右派は「権力とはマスコミだ」って思ってる。なんというか、それだけの話に見えてくる。このカテゴライズは、単純化されすぎてる気はするけど、結構有効なんじゃないかと思ってる。

僕個人の話だと、どっちかというと森友の件とか見てて、「こりゃ明らかに権力とはマスコミだな」って思っちゃうタイプなので、その意味では右派なのかもしれない。
ただ一方、思考停止は嫌なので、少なくとも自分の頭の中ではもう少し考えていきたい。

ではまた次の記事で。
お読み頂き、ありがとうございます。